はしか再流行~現代の0歳児を襲う「免疫の谷間」とは何か~

かつて封じ込められたと考えられていた「はしか(麻疹)」が、いま世界中で再び流行の兆しを見せています。最も警戒が必要なのは、まだ免疫を持たない0歳の乳児です。本記事の前編では、現代に生まれた「免疫の谷間」と、「原則」1歳まで標準接種を待つ科学的理由を解説します。
堀向健太 2026.04.30
読者限定

前回の記事から間が空いてしまいました。申し訳ありません。
仕事や業務が忙しくなってしまい、どうしても時間が取れなくなってしまったせいなのですが、これは読者の皆さんには関係ないことですよね。
ようやく一段落つきましたので、再起動し、またどんどん発信してまいります!

ぜひ応援の程をお願い申し上げます。

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2026年4月、上野賢一郎厚生労働大臣は閣議後の記者会見で、改めて国民にはしかへの警戒とワクチン接種を呼びかけました。]

今年1月から第15週(4月12日)時点までの感染者は累積299人にのぼり、すでに2025年の年間感染者数(265人)を上回っています

小児科の医局では、ほむほむ先生と若手研修医のA先生が、ニュース速報を見ながら表情を曇らせています。なぜ今、最も脆弱な0歳の赤ちゃんたちが矢面に立たされているのか。
二人の対話を通じて、現代医療が意図せず生み出してしまった「免疫の空白地帯」の謎に迫ります。

本記事(前編)を最後まで読めば、

・現代の0歳児に「免疫の谷間」ができる理由
・0歳児の麻疹感染に潜む致死的な合併症「SSPE」の実像
・ワクチン接種を原則1歳まで待つ科学的理由(ブランティング効果)

これらの疑問にお答えできるよう執筆しました。

なお、流行国渡航や保育園アウトブレイクなど「原則論で待っていられない場面」での緊急早期接種(MCV0)と、その後の定期接種スケジュールの考え方については、続く【後編】で詳しく解説します。

はしかの異常な感染力と急増する報告数

GPT Image 2で作画

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A先生「ほむほむ先生、ちょっと聞いてくださいよ……! いまテレビで上野厚労大臣の会見を見ていたんです。マスメディアでわざわざ大臣が前に出てきて『はしか』を呼びかけるなんて、研修医になってから初めての光景で……。」

ほむほむ先生「ああ、僕も同じ放送を観ていたよ。『発症前から空気感染で人にうつす可能性があり、感染力はインフルエンザのおよそ10倍』っていう説明、現場の人間からすると、ようやくマスメディアが本気の表現をしてくれたな、って印象なんだよね。」

A先生「ですよね!? 今年のデータを見ていて、思わず年号を二度見してしまいました。2026年第15週時点で、日本国内の麻疹届出は累積299例 [1]。昨年の年間報告数265例をすでに上回っています。週別でも第11週33例、第12週28例、第13週36例、第14週39例、第15週56例と立ち上がりが急で、グラフを見るたびに心拍数が少し上がる感じがして……。」

ほむほむ先生「無理もないよね。2024年までは『排除維持』をかろうじて保ってきた日本が、今年に入ってから過去5〜6年で最も急峻な立ち上がりを見せている。WHO西太平洋地域事務局が2015年に日本の麻疹排除を確認したというニュースリリース [2] を出してから10年、僕たちが手にしていた『排除』というステータスは、世代間でじわじわと崩れ始めていたのかもしれないね。」

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A先生「(ゴクリ……)そういえば、祖母から『私たちの世代はみんなはしかにかかったものだけど』と聞かされて育ったんです。なんだか古い思い出話だと思っていたんですが、いま振り返ると恐ろしいですよね。」

ほむほむ先生「そうだね…まずは麻疹の感染力をもう一度確認しようか。免疫がない集団で一人の感染者から平均何人に広がるかを示す『基本再生産数(R0)』という指標があるよね。」

A先生「新型コロナやインフルエンザのR0は一桁台に収まることが多いと習いました。それに対して麻疹のR0は12〜18と推定されていて、報道で『インフルの10倍』と言うと印象的です。」

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ほむほむ先生「そう、その通り。空気感染するウイルスのなかではトップクラスなんだ。すれ違っただけ、感染者が退出した後の部屋に2時間以内に入っただけでも感染しうる。米国CDCのサーベイランス(感染症発生動向調査) [3] では、2026年4月時点で年初来1,792例、22件のアウトブレイクが報告されていて、症例の93%がアウトブレイク関連だったとされているね。隣国カナダはさらに深刻で、PHACの2025〜2026年資料 [4] によれば、12か月以上連続で同一株の伝播が続いた結果、PAHO(汎米保健機構)から麻疹排除状態の喪失を認定されてしまった。年間報告例は5,425例。排除を達成していた時期の年間平均91例を、大きく上回る水準なんだ。」

A先生「えっ!? 高所得国でも『排除』は永久ライセンスではなかったんですね……。WHO欧州地域でも、UNICEFとの共同発表 [5] では2024年に12万7,350例という、過去25年以上で最多の症例数。5歳未満児が全体の40%以上を占め、暫定値で38人が亡くなったと伝えられています。」

ほむほむ先生「うん。イタリアのFiliaらが2025年にVaccines誌で発表した解析 [6] もぞっとしたよ。2023年8月から2025年1月までの1,164例の年齢中央値は、なんと30歳。輸入例から局地アウトブレイクが起き、その後に国内伝播が増え、家庭内と医療関連の伝播が主体だったと報告されているんだ。」

A先生「成人の中央値30歳……それは少し意外でした。麻疹は子どもの病気というイメージがあったので。」

ほむほむ先生「実は、その『大人の麻疹』も、後で『免疫の谷間』の議論に効いてくるから、もうひとつの伏線として置いておこうか。とりあえず、いま日本で起きている爆発的な増加は、世界の地殻変動の一部として理解すべきだ、ということだけ押さえておいてね。」

現代の赤ちゃんを襲う「免疫の谷間」の正体

GPT Image 2で作画

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A先生「最も心配なのは、1人から最大18人にも広がりうるウイルスに対して、まだ免疫を持っていない『0歳児』の存在です。母親のお腹のなかで胎盤を通して抗体をもらってくる、いわゆる『経胎盤抗体(けいたいばんこうたい)』が一時的なバリアになっているとは習いましたが……。」

ほむほむ先生「そのとおりだね。Foudaらが2018年にImmunoHorizonsに発表したレビュー [7] では、母体のIgG(免疫を担う代表的な抗体)はFcRnという胎盤上の受容体(運び役)を介して妊娠後期に集中的に胎児へ移行し、生後しばらくの乳児を守る『最初の盾』になると整理されているんだ。問題は、その盾の構造が世代によって変わってきた、という点なんだよね。」

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A先生「構造、ですか?」

ほむほむ先生「ああ。かつてのお母さんたちは幼い頃に麻疹に自然感染して治った経験を持っていた。昔は誰もが一度はかかる病気だったから、自然感染で得た免疫は非常に強力で、抗体価(血液中の抗体の量)も高く、長く維持される。一方で現代のお母さんたちは、公衆衛生の恩恵によりワクチンで免疫を獲得した世代なんだ。もちろん、このことは良いことなんだけど。」

A先生「ワクチンは安全で重症化を防いでくれますが、自然感染ほど高い抗体価を誘導しないことが多いんですよね。」

ほむほむ先生「うん、その差が、例えるならば、赤ちゃんに渡せる『初期バッテリー残量』に直結するんだ。Leuridanらが2010年にBMJで発表したベルギー・アントワープ州の前向きコホート研究 [8] では、自然感染由来の母親群120組、ワクチン由来の母親群87組を出生後12か月まで追跡した。母親の麻疹IgGの平均値(幾何平均)は、自然感染群が2,687 mIU/mL、ワクチン群が779 mIU/mLと、約3.5倍の差乳児が防御域(感染を防げると考えられる水準)を割り込むまでの中央値は、自然感染群で3.78か月、ワクチン群でわずか0.97か月だったんだ。

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A先生「0.97か月、つまり生後ほぼ1か月で防御抗体が消えてしまう赤ちゃんもいる、ということですね……。先日、外来で生後7か月のお子さんを連れたお母さんから『学生時代にMRワクチンを2回しっかり打ったので、母乳経由で赤ちゃんに免疫が伝わっているはずですよね?』と質問されて、答えに詰まってしまって……。」

ほむほむ先生「それは答えに詰まるよね。良いところに気づいたよ。実は、麻疹に対して赤ちゃんを守っているのは『母乳経由の抗体』というより『お腹のなかで胎盤経由でもらった抗体』が主役なんだ。だから『お母さんのワクチン由来の移行抗体は、お子さんが生まれた直後にはもう尽きかけている可能性があります』と、不安にさせない言い方を選びつつ率直にお伝えしてよかったと思うよ。さらに、Tileyらが2025年にJournal of Infectionで報告した11か国2,845例の血清疫学研究 [9] では、出生時には94%の乳児がPRNT(中和抗体を測る代表的な検査法)で0.12 IU/mL以上、つまり防御域にあったものの、抗体価が防御域を下回るまでの時期は国により2.5〜6.2か月と幅があった。生後6か月時点で防御域にあるのは、パキスタンを除くすべての国で乳児の50%未満。世界共通で『6か月以降は守られていない』状況なんだ。」

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A先生「インドの研究もたしか同じ方向性でしたよね。」

ほむほむ先生「Mathewらが2023年にPLOS ONEで発表したチャンディーガルの前向き出生コホート研究 [10] では、428組中413組を解析し、防御抗体保有率が出生時91.5%、3か月で26.3%、6か月で3.4%、9か月で2.1%まで急落。抗体の平均値も64 IU/mLから、3か月8 IU/mL、9か月1 IU/mLへと一気に下がっているね。」

A先生「3か月で4分の1ですか……! スマホのバッテリーに例えるなら、昔の自然感染モデルは100%充電で4か月もったのに、いまのワクチンモデルはスタートが60%、しかも消費が早いので生後1か月で残量1ケタ表示、ということですね。」

ほむほむ先生「うまい表現だね。そして標準的なMRワクチン定期接種は1歳の誕生日以降。生後6か月から1歳までの約半年間、最も感染力の強いウイルスに対して赤ちゃんはほぼ丸腰になる――これこそが『免疫の谷間』の正体なんだ。

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生後6か月から1歳までの約半年間、最も感染力の強いウイルスに対して、赤ちゃんはほぼ丸腰になります。

これこそが、現代の0歳児に生まれた「免疫の谷間」です。

では、この谷間で麻疹に感染してしまった場合、何が本当に怖いのでしょうか。
問題は、急性期の高熱や発疹だけではありません。数年後に脳をむしばむ、致死的な合併症が潜んでいます。
ここから先では、乳児期感染で特に警戒すべき亜急性硬化性全脳炎(SSPE)と、それでもMRワクチンを原則1歳まで待つ科学的理由を掘り下げます。

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続きは、8206文字あります。
  • 0歳児の感染に潜む致死的な合併症「SSPE」
  • ワクチンを早く打てない理由「ブランティング効果」
  • まとめ(前編)
  • 参考文献(前編)

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