はしかが消す「免疫のセーブデータ」~ 発疹が消えても、終わらない病気の話~
こんにちは、ほむほむです。今月4本目の記事をお届けします。
論文の校正戻り待ち、別の原稿の執筆、論文の査読や委員会。重なるときは重なるもので、こういう時期ほど、何気ない話が記事の入り口になることが多い気がします。
今回もそうでした。「麻疹は自然にかかったほうが強いのでは」という、SNSのつぶやき。その答えを、最近の研究と例えを交えながら、一緒にたどっていきましょう。
小児科外来の診察が一段落した夕方、A先生がほむほむ先生に声をかけました。
「先生、保護者の方からこう聞かれたんです。『麻疹は、自然にかかったほうが強い免疫がつくのでは』と。どう答えればいいか、迷ってしまって…」
ほむほむ先生はうなずきました。
「いい質問だね。実はね、A先生。麻疹についてわかってきた話を一つ紹介しよう。それを知ると、その質問への答え方が、少し変わるかもしれないよ。」
本記事を最後まで読めば、
✅️ 麻疹はなぜ今も警戒すべき病気なのか
✅️ 「免疫健忘」とは何で、何が新しい知見なのか
✅️ 自然感染とワクチン、本当の違いはどこにあるのか
これらの疑問にお答えできるよう執筆しました。
はしかは「昔の子どもの病気」ではない

ChatGPT Image2.0で作画
ほむほむ先生「まず前提として、麻疹は決して過去の病気ではないんだ。2024年、世界では推定約1100万例の麻疹が発生し、約9万5000人が亡くなっている[1]。」
A先生「9万5000人…。今もこれだけの方が亡くなっているんですね。」
ほむほむ先生「日本でも麻疹の報告は増えていて、2026年第1〜18週の累積報告数は462例に達しているんだ。これは、2020〜2025年の年間報告数をすでに上回る水準だ[2]。麻疹は安全で有効なワクチンで予防できる病気なんだけど [4]。」
A先生「保護者の方が『自然感染のほうが強い免疫』と感じる背景には、麻疹を遠い昔の病気と捉えている部分もありそうですね。」
ほむほむ先生「そうだね。でももし、あるウイルスが、その人がこれまで戦ってきた経験値の『セーブデータ』そのものを消してしまうとしたら、どう思う?」
A先生「えっ…? セーブデータを消すんですか? ゲームなら泣きながらやり直せますけど、身体で起きたら笑えないですね。」
ほむほむ先生「実は麻疹ウイルスには、そんな経験値を消してしまう性質があると言われている。その話に入る前に、まず麻疹がどれくらい強い感染症なのかを見ていこう。」
感染力も合併症も、想像以上

ChatGPT Image2.0で作画
ほむほむ先生「麻疹の基本再生産数、つまり免疫を持たない集団で1人の患者さんが平均何人にうつすかという数字は、12から18と説明されている[5]。条件によって推定値は変わるけれど、感染症のなかでも非常に感染力が強い部類だね。」
A先生「12から18人…。インフルエンザの数倍以上ですね。」
ほむほむ先生「さらにCDCは、免疫がない人が麻疹患者さんの近くにいると、最大で10人中9人が感染し得ると説明している。空気中で最大2時間感染性が残ることもある[6]。」
A先生「ということは、患者さんが立ち去ったあとの空間でも、感染が起こり得るわけですね。」
ほむほむ先生「そうなんだ。しかも、発疹が出る前から感染させることがある[6]。だから『まだ麻疹とわからない時期』に広がりやすい。CDCは、小児の麻疹で肺炎が最大20人に1人、脳炎が約1000人に1人、死亡が1000人あたり1から3人と説明している[7]。日本の情報でも、脳炎、死亡、SSPEなどの重い合併症が示されているんだ[8]。」

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A先生「通過儀礼という言葉では、とても受け止めきれない数字です。」
ほむほむ先生「亜急性硬化性全脳炎、いわゆるSSPEは、麻疹からいったん回復して数年から10年ほど経ってから発症する遅発性の合併症だ[7]。」
A先生「『治った』と思った時点では、まだ終わりではない、ということですね。ここまでで十分『普通の感染症ではない』と感じます。でも、先生がおっしゃっていた『セーブデータを消す』という話は、まだ別にあるんですよね。」
ほむほむ先生「うん。それが今日いちばん話したいことなんだ。」
免疫の図書館、その仕組みを覗いてみる

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ほむほむ先生「免疫の働きを、図書館にたとえてみよう。免疫の図書館には、これまで戦った病原体ごとの『攻略本』、つまりセーブデータが並んでいる。インフルエンザの攻略本、RSウイルスの攻略本、肺炎球菌の攻略本…そういった本が、棚にずらりと並んでいるイメージだね。」
A先生「過去に感染したり、ワクチンで覚えたりするたびに、本が増えていくわけですね。」
ほむほむ先生「そうだね。ところが麻疹ウイルスは、本そのものを焼くというより、図書館の司書さん、つまり本を読み解いて使う担当者を狙う性質があるんだ。」
A先生「本を焼くのではなく、司書さんを狙う…。本があっても、活かせなくなる可能性があるわけですか。」
ほむほむ先生「いい着眼点だね。麻疹では急性期にリンパ球が減ることが知られていて、目に見える症状が落ち着けば、血液検査の数字も回復していく。でも、それで終わらない可能性が指摘されているんだ。過去の感染やワクチンで覚えた病原体への免疫記憶が、細胞レベルで削られる可能性が示唆されている[3]。」
A先生「数字が戻っても、図書館が元通りとは限らない、と。」
ほむほむ先生「そこなんだ。麻疹ウイルスは、免疫細胞の表面にあるCD150、別名SLAMという受容体を利用して細胞に侵入することが示されている[9]。この受容体は、B細胞やT細胞といった、免疫応答の中心にいる細胞に発現していて、麻疹の免疫細胞への入り口を理解するうえで、とても重要な仕組みなんだ[3]。」

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A先生「攻略本を読みこなす担当者そのものに、ウイルスが入っていくわけですね。」
ほむほむ先生「本来CD150は、免疫細胞同士の情報のやりとりにも関わる大切な仕組みだよ。麻疹ウイルスは、その通信インフラを逆手に取ると考えられている。」
A先生「では実際に、図書館の中身がどれくらい変わってしまうのでしょう。」
ほむほむ先生「うん、それを示してくれた研究が、2019年に出ているんだ。少し腰を据えて聞いてほしい話だよ。」
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「11%から73%」という数字の意味、自然感染とワクチンの本当の違い、保護者から聞かれるもう一つの不安への向き合い方まで、続きをお楽しみください。
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- 11%から73% ~ 消えた攻略本~
- 影響は2から3年続く可能性 … もう一つの衝撃
- 冒頭の質問に、戻ると…
- もう一つの不安に ~ 図書館を守る話の延長~
- 最後に~ 免疫の図書館を、誰が守るのか~
- まとめ
- 出典リスト
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