子どものヘディングは脳に悪い? 「約3.5倍」の数字を親はどう読むか

元プロサッカー選手の研究では、神経変性疾患(認知症やパーキンソン病など、脳の神経が少しずつ壊れていく病気)のリスクが、サッカーをしていない一般の人の約3.5倍、ディフェンダーでは約5倍と報告されています。一方で、子どものサッカーで何を避け、何を教えるべきかは、単純な禁止だけでは整理できません。
堀向健太 2026.06.08
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2024年、イングランドFAはU7〜U11の草の根ユースサッカーで、意図的なヘディングを3シーズンかけて段階的に廃止する方針を発表しました。
米国では10歳以下の試合・練習でヘディングを禁じる規則があり、日本サッカー協会は「禁止」ではなく「正しく恐れ」、軽いボールや低い強度から段階的に学ぶ方針を示しています。

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世界の答えが一つにそろっていないからこそ、保護者や指導者は、怖がるだけでなく、何が危険で、何が予防になるのかを知っておく必要があります。

本記事を最後まで読めば、

✅️子どものヘディングは本当に危険?
✅️禁止と段階練習はどう違う?
✅️頭を打ったら何をすべき?

これらの疑問にお答えできるよう執筆しました。

約3.5倍という数字をどう読むか

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夕方の外来が少し落ち着いたころ、A先生が診察室の扉をそっと開けました。手には、少年サッカーの保護者から聞かれた質問を書き留めたメモがあります。

A先生「先生、ちょっと聞いてくださいよ...。外来で『子どものサッカーのヘディングって、将来の認知症につながるんですか?』と聞かれて、答えに詰まってしまいました。ニュースで怖い数字を見たそうなんです」

ほむほむ先生「お疲れ様。怖い数字を見た保護者が不安になるのは無理もないよ。元プロサッカー選手を対象にしたスコットランドの研究では、7,676人の元選手と、サッカーをしていない一般の人23,028人(比較のための対照グループ)を比べて、神経変性疾患で亡くなるリスクが高いことが報告されたんだ[1]」

A先生「えっ!? それが、約3.5倍という数字ですか?」

ほむほむ先生「そうだね。さらに別の解析では、ポジションによる違いも示されている。ディフェンダーでは神経変性疾患のリスクが一般の人の約5倍、ゴールキーパーでは、はっきりとリスクが高いとは言いきれない結果だった(偶然では説明できないほどの差とまでは言えなかった)。15年以上の長いプロ生活を送った選手では、リスクがさらに高くなる傾向もあったんだ[2]」

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A先生「うわあ...。ディフェンダーとゴールキーパーで差があると聞くと、頭でボールを返す回数が関係していそうに見えますね」

ほむほむ先生「その見方は自然だよね。2023年には、引退した男性プロ選手で、現役時代にヘディングをした回数が多いほど、後年の認知機能の低下(考える・覚えるなどの力の衰え)と関連する可能性を示した研究も出ている[3]。ただし、ここで大事なのは、プロ選手が何十年も繰り返し頭に衝撃を受けてきたことと、子どもの週末のスポーツを、そのまま同じリスクとして扱わないことなんだ」

A先生「つまり、数字は重い。でも、数字だけで『小学生のヘディングは全部危険』と結論するのは早い、ということですね?」

ほむほむ先生「その通り。研究は警鐘として非常に重要だけれど、因果関係を1本の線で単純化しすぎない。ヘディング、脳震盪、他選手との接触、競技年数、時代ごとのボールや医療体制の違い。いくつもの要素が絡むんだよ。実際、サッカーのヘディングの影響について、これまでの複数の研究を集めて分析した総説(系統的レビュー)でも、研究ごとに調べ方の差が大きく、短期・長期の影響を単純には断定できないと整理されている[5]。それに、こうした話でよく出てくるCTE(慢性外傷性脳症)は、いまのところ確実な診断が、原則として亡くなった後に脳の組織を顕微鏡で調べる検査(病理検査)でしかできないことも、誤解しないようにしたいね[7]」

脳震盪だけを見ていると見落とすもの

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A先生「でも、脳へのダメージというと、倒れて意識を失う脳震盪をイメージしてしまいます。試合が止まって、周囲がざわっとするような場面です」

ほむほむ先生「そこが最初の落とし穴なんだ。脳震盪は意識を失わなくても起こる。むしろ、スポーツ中の脳震盪で意識を失うのは10%未満とされているんだ[9]」

A先生「10%未満!? では、倒れていないから大丈夫、とは言えないんですね」

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ほむほむ先生「うん。頭痛、めまい、吐き気、ぼんやりする、集中できない、光や音がつらい、いつもより眠い、イライラする。そういう症状だけでも脳震盪は疑う。CDC(米国疾病対策センター)も、頭や体への衝撃で脳が急に動くことで脳震盪が起こり、頭への衝撃を繰り返し受けないようにすることが大切だと説明している[8]」

A先生「じゃあ、保護者やコーチが見逃しやすいのは、むしろ意識がある子なんですね」

ほむほむ先生「そうだ。もう一つ、ヘディングで議論されるのは、はっきりした脳震盪にはならない程度の、繰り返しの頭部衝撃だね。昔は『亜脳震盪』と呼ばれることも多かったけれど、症状がないから安全という意味ではない。最近は、脳震盪と診断されない反復性頭部衝撃として扱われることもある」

A先生「症状がない小さな衝撃が積み重なるかもしれない、という話ですね」

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ほむほむ先生「その通り。たとえばDTI(脳の神経線維の細かな状態を調べる特殊なMRI)を用いた研究では、アマチュア選手のヘディングの回数と、脳の神経線維が集まる部分(白質)の細かな状態、そして記憶力テストの成績との関連が報告されている[4]。ただし、これは研究のための特殊な画像解析で、ふつうのCTやMRIで『今日のヘディングのダメージ』を白黒はっきり診断できるという意味ではないけどね。若い世代を対象に、画像や認知機能(考える・覚える力)、血液などの指標を長い期間にわたって追いかける研究も進められているところで、子どもの繰り返しの頭部衝撃は、まさにこれから明らかになっていく分野なんだ[6]。子どもの頭のケガでも、CTなどの画像検査は、症状やリスクとなる要素を見て必要なときに行う、という考え方が基本なんだ[20][21]」

A先生「なるほど...。見えないからこそ、軽く見ない。でも、見えないものを必要以上に怖がらせない。そのバランスが難しいです」

ほむほむ先生「A先生の言う通り。ここは医療情報の伝え方として、とても大事なところだね」

子どもの脳と首は、大人の小型版ではない

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A先生「子どもは体が小さいから、ボールの衝撃も小さくなるのかなと思っていました。でも、そう単純ではなさそうですね」

ほむほむ先生「そうなんだ。子どもの脳と体は、大人のミニチュアではない。神経のケーブルを守る髄鞘(ずいしょう)、つまり電線の絶縁体のような仕組みは、思春期から20代にかけても発達が続く[22]。脳の中の通信網を整備している途中なんだよ」

A先生「髄鞘化という言葉だけだと難しいですけど、まだ工事中の通信ケーブル、と考えると分かりやすいです」

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ほむほむ先生「いい表現だね。さらに、子どもは首の筋力や体幹の使い方も未熟だ。頭が大きく、首でしっかり固定しにくい。だからボールが当たった時、頭が前後に揺れるだけではなく、ねじれるように動くことがある。脳は頭蓋骨の中で動くから、急な回転やねじれは脳の中の神経の線維(神経線維)に負担をかけやすい」

A先生「ボールの重さだけでなく、頭を支える首と体の準備が大事なんですね」

ほむほむ先生「その通り。首の筋力については、高校スポーツ選手を対象にした研究で、首の筋力が1ポンド(約0.45kg)強くなるごとに、脳震盪を起こす可能性が約5%低くなったと報告されている[10]。もちろん、首を鍛えれば絶対安全という意味ではないけれど、衝撃に備える体づくりやフォームが重要だという方向性は見えてくる

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A先生「女子選手で脳震盪が多い、回復に時間がかかることがある、という話も聞いたことがあります」

ほむほむ先生「そこも大事だね。女性アスリートでは、脳震盪の起こりやすさや、症状が長引きやすいかどうかが男性と異なる可能性が、多くの研究を集めて分析した総説で示されている[11]。ただ、症状を申告するかどうかの男女差や、研究そのものの不足もあるから、『女子だから危険』と単純に決めるのではなく、個人の体格、首の強さ、既往歴、症状の出方を丁寧に見る必要がある」

A先生「研修医としては、保護者に説明するとき、『小さい子だから大丈夫』でも『女子だからダメ』でもなく、発達段階とその子の状態を見る、と伝えたいです」

ほむほむ先生「うん、その説明が一番誠実だと思うよ」

ボールだけが主犯ではない

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A先生「でも先生、ここまで聞くと、やっぱりヘディングを禁止すれば解決するようにも感じます。ボールを頭に当てなければ、繰り返しの頭部衝撃は減りますよね?」

ほむほむ先生「鋭い質問だね。たしかに、低年齢で強いヘディング練習を繰り返すことは避けたい。でも、サッカーの脳震盪は、ボールそのものだけで起きるわけではない。米国高校サッカーの研究では、ヘディングの場面で起きた脳震盪でも、実際の原因は、ボールそのものより他の選手との接触が多いことが示されている[12]」

A先生「つまり、空中で競り合って、頭同士がぶつかる。相手の肘や肩が当たる。着地で後頭部を打つ。そういう事故ですね」

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ほむほむ先生「そう。ここで考えたいのは、ボールを怖がって、目を閉じ、顎が上がり、首の力が抜けたままジャンプする子どもだよ。周囲も見えないし、衝撃への備えもできていない。これは危ない」

A先生「先日、外来でも似た話がありました。高く上がったボールが怖くて顔をそむけたら、相手の子とぶつかったそうです。ボールを避けても、危険な姿勢は残るんですね」

ほむほむ先生「まさにそこなんだ。だから日本サッカー協会は、ヘディングのリスクについて科学的根拠が十分とは言い切れないことも明記しつつ、『禁止』ではなく『正しく恐れ』、脳へのダメージが小さい強度・方法で段階的に学ぶ方針を示している[13]」

A先生「でも、禁止する国もありますよね。米国では10歳以下のヘディングを禁じていると聞きました」

ほむほむ先生「うん。米国ユースサッカーの規則では、10歳以下は試合・練習で空中のボールをヘディングしない。11〜12歳では、練習で1人あたり週25回までとされている[14]。イングランドFAは、2024-25シーズンからU7〜U9、2025-26シーズンからU10、2026-27シーズンからU11へと、草の根ユースの試合で意図的なヘディングを段階的に廃止する方針を発表している[15]」

A先生「同じサッカーでも、国によってかなり違うんですね」

ほむほむ先生「そうだね。イングランドFAの年齢別ガイダンスでは、U6〜U11は練習でヘディングを導入しない、U12以降も少ない回数から段階的に扱うと整理されている[16]。UEFA(欧州サッカー連盟)も、ボールの大きさ、ボールの空気圧、ヘディングの回数を減らすこと、首の強化、脳震盪の症状に気づくこと、といった実践的な指針を出している[17]。つまり世界中が、『子どもの頭に強い衝撃を何度も与えない』という方向では一致している。ただ、その実現方法が違うんだ。だからこそ、『禁止』か『容認』かの二択で考えると、大事なものを見落とすかもしれないんだ。実は、どんな高価な防具よりも子どもの脳を守る方法がある。次から、家庭とチームで今日からできることを、順番に話そう。軽いボールの選び方、頭を打った時に最優先ですべきこと、そして親が言ってはいけない一言まで」

***

同じサッカーという競技であっても、国や文化によってリスクへの向き合い方はかなり異なります。海外の規制ルールについての整理はここまでとなります。

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✅️JFAガイドライン: 日本のユースサッカーの安全設計
✅️ヘッドギアの真実: 脳震盪の減少効果「0%」のデータ
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続きは、10481文字あります。
  • 日本の段階的アプローチを、現場の言葉にする
  • ヘッドギアは魔法の盾ではない
  • 頭を打ったら、疑わしきは外す
  • いちばん強いプロテクターは、言いやすい空気
  • まとめ
  • 頭を打った後、こんなときはすぐ受診を(救急)
  • 参考文献

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