無花粉スギで花粉症は終わる?最先端技術と日本の森の未来

毎年多くの日本人を悩ませるスギ花粉症。実は「花粉を出さないスギ」が既に存在し、量産化技術も確立されているのをご存知でしょうか。東京都でも独自の無花粉スギ「心晴れ不稔」が誕生し、2030年には年間10万本の苗木生産を目指す計画が動き出しています。しかし、全てのスギを植え替えるには「約90年かかる」という試算も――。では、なぜ未だに花粉症がなくならないのでしょうか?分かりやすく解説します。
堀向健太 2026.02.24
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2026年2月、テレビの情報番組で、東京都が開発した「無花粉スギ」の話題が取り上げられました[1]。街頭では「昨日は花粉が飛んでいるのが分かるぐらいで、かゆくて目薬が手放せない」「白目も赤くなっちゃって」と嘆く声が相次いでいます。

花粉シーズンの到来とともに、ある自治体が15年以上の歳月をかけて完成させた「ある母樹」の存在が注目を集めています。

今回は、この最新ニュースをきっかけにスギ花粉症の現状を解説します。

本記事を最後まで読めば、
・子どもの花粉症がもたらす睡眠・学業への深刻な影響とは?
・花粉を出さない「無花粉スギ」の科学的な仕組みとは?
・無花粉スギがすぐに全国へ普及しない「90年の壁」の正体とは?

これらの疑問にお答えできるよう執筆しました。

忙しい方のための3分要約

▶ スギ花粉症は国民の約38.8%が罹患。子どもの平均発症年齢は5.8歳と低年齢化が進み、睡眠障害や学業低下が深刻です。
▶ 1992年に富山県で発見された「無花粉スギ」を起点に、DNAマーカー・クローン技術・ゲノム編集などのブレイクスルーが次々と実現。東京都は15年かけて「心晴れ不稔」を開発しました。
▶ ただし全スギ人工林の植え替えには「約90年」という試算も。コスト・人手不足・環境リスクの三重の壁と、それを乗り越える国家戦略を解説します。

日本の国民病「スギ花粉症」と低年齢化の現実

nano-bananaで作画

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A先生「ほむほむ先生、さっきテレビのニュースで見たんですけど、東京都が独自に開発した『無花粉スギ』の話題が取り上げられていて。街頭インタビューでは『目薬が手放せない』『白目が赤くなっちゃう』って悲痛な声がたくさん紹介されていました。最近の小児科外来でも、本当にスギ花粉症のお子さんが増えましたよね。」

ほむほむ先生「ええ、本当に胸が痛む季節だね。もはやスギ花粉症は、特定の人のアレルギーという枠を超えて、日本の国民病とも言える状態にまで広がってしまったね。今日は、いつものお薬や対策の話から少し視点を変えて、そのニュースにも出ていた『無花粉スギ』について一緒に深掘りしてみようか。実は東京都のあの取り組みの裏には、15年を超える物語が隠されているんだよ。」

A先生「15年以上...!そんなに長い年月がかかっていたんですか。でもその前に、そもそもどれくらいの人がスギ花粉症で苦しんでいるのか、あらためて整理しておきたいです。外来で実感はしていますけど、正確な数字となると自信がなくて...。」

ほむほむ先生「大事な視点だね。2019年に全国の耳鼻咽喉科医とその家族を対象に行われた大規模な疫学調査があるんだ。1998年、2008年と同じ枠組みで実施された調査の最新版で、松原先生らのグループが報告したものだよ[2]。それによると、アレルギー性鼻炎全体の有病率は49.2%。そしてスギ花粉症だけに絞っても38.8%、つまり約2.5人に1人が罹患している計算になる。1998年の16.2%、2008年の26.5%から一貫して増え続けていて、歯止めがかかっていないんだ[3]。」

A先生「国民の半分近くがアレルギー性鼻炎を持っているって、冷静に考えるとすさまじい数字ですね...。それに、その調査対象が耳鼻科医のご家族ということは、一般の方より医療アクセスが良い集団ですよね。一般人口全体でも同じ傾向なのかは少し注意が必要かもしれませんが、増加の勢い自体は間違いなさそうです。」

ほむほむ先生「その通りだね。でも、増加傾向そのものは他の調査でも裏づけられている。そして僕が小児科医として最も危機感を抱いているのが、発症年齢の低年齢化なんだ。」

A先生「ロート製薬が2024年に発表した保護者アンケートでは、花粉症を実感している子どもの平均発症年齢が5.8歳という結果が出ていましたよね[4]。小学校の入学式を迎える前に発症しているということですか。10代の若者に至っては、すでに約半数が罹患しているというデータもあって衝撃的です。」

nano-bananaで作画

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ほむほむ先生「もちろんあのデータにも『医師に診断された』ケースと『保護者が花粉症だと思う』ケースが混在している点には留意が必要だよ。とはいえ、臨床の現場で感じている低年齢化の実感とは十分に合致する数字だし、あんなに幼い時期から辛い思いを強いられている子どもたちが増えているという事実自体は深刻に受け止めなければならないね。」

A先生「たしかに。でも子どもの花粉症って、大人とは少し症状の出方が違いますよね?以前、夜泣きがひどいと相談に来られたお母さんがいて、よくよく話を聞いてみたら、お子さんの鼻がずっと詰まっていたことが分かったんです。水っぽい鼻水よりも、鼻詰まりの方が目立っていた印象があります。」

ほむほむ先生「A先生、そこがポイントだよ。ギリシャで行われた学童を対象とした研究でも、アレルギー性鼻炎の子どもたちの症状のうち、鼻閉(鼻詰まり)が55.0%と最も多く、くしゃみの52.8%、鼻漏(鼻水)の48.5%を上回っていたんだ[5]。つまり小児では鼻づまりが前面に出やすいことが裏づけられているといえるね。」

nano-bananaで作画

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A先生「大人だと『鼻水ダラダラ』のイメージが強いですけど、子どもは『鼻が詰まって息ができない』のほうが主訴になりやすいということですね。そうすると、親御さんも『風邪が長引いているだけかな』と見過ごしてしまいそうで怖いです。」

ほむほむ先生「まさにその通りで、米国の全国調査でも、保護者の4分の3以上、子ども自身の約3分の2が、鼻閉を『最もつらい症状』と回答しているんだ[6]。鼻が詰まるとどうなるか。睡眠の質が著しく低下するんだ。実際に、アレルギー性鼻炎と睡眠の関連を調べたシステマティックレビューでは、アレルギー性鼻炎のある群では睡眠の質が有意に悪化し、さらに日中の眠気や起床困難といった日中機能障害のリスクも上昇していたんだ[7]。」

nano-bananaで作画

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A先生「つまり、ただ鼻がムズムズして不快というレベルの話じゃなくて、子どもの健やかな成長や学習機会を奪いかねないということですよね。寝不足で授業中ボーっとしてしまう子が、実はアレルギー性鼻炎が原因だったなんてケース、見逃していないか心配になります...。」

ほむほむ先生「その懸念を裏づけるデータもあるよ。欧州を中心に、13歳から29歳のアレルギー性鼻炎の方を対象にスマホアプリで学業への影響を追跡した研究があるんだ[8]。約2,000人・延べ13,000日以上のデータを解析した結果、症状が強い日ほど授業中の機能低下が大きく、重症度と学業生産性の低下が強く相関していた。」

A先生「リアルワールドのデータで、花粉症が勉強の妨げになることが実証されているわけですね。外来で『受験シーズンと花粉の時期が重なって集中できない』と訴える生徒さんを何人も診てきましたが、あの訴えが科学的にも裏づけられていたんだと改めて実感します。」

なぜ日本にはこれほどスギが多いのか?

nano-bananaで作画

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A先生「そもそも、なんで日本中こんなにスギだらけなんですか?春になると山が黄色く煙る映像をニュースで見ますが、まるで花粉の時限爆弾に囲まれて生活しているみたいでゾッとします。」

ほむほむ先生「そこなんだよね。実はこれ、単なるアレルギー疾患の枠に留まらず、日本のマクロな歴史に繋がってくる話なんだ。全体像を俯瞰してみると、戦後の国の政策が残した深い傷跡がはっきりと見えてくる。起点は、第二次世界大戦後の復興期から高度経済成長期に遡るよ。」

A先生「あ、以前、教養課程の講義で少し耳にしたことがあります。戦後、焼け野原から復興するために、あるいは爆発的に増えた住宅建設のために、木材が大量に必要になったんですよね。それで、国を挙げて『拡大造林政策』というのを強力に推し進めたとか...。たしか、『ブナ成敗』というかなり過激な言葉があったような。」

ほむほむ先生「よく勉強しているね。実は一次資料で確認できる表現としては『ブナ征伐』が正確なようだけどね。日本の自然保護史を扱う解説記事の中で、1950年代半ば以降の木材・パルプ需要増と林野庁の拡大造林政策を説明する箇所に、林業関係者のあいだで『ブナ征伐という言葉が盛んに聞かれた』と記されているんだ[9]。いずれにしても、今では信じられないような強烈な言葉だよね。」

A先生「『征伐』って...まるで戦の言葉じゃないですか。広葉樹を敵視していたということですか?」

ほむほむ先生「当時は、昔からあった広葉樹の豊かな天然林をまるで悪者のように根こそぎ伐採し、代わりに、成長が早くて建材に加工しやすいスギやヒノキにどんどん植え替えていったんだ。1964年の林業基本法のもとで、旺盛な木材需要に対応する生産政策として『拡大造林等により森林生産力の増強を図った』ことが、林野庁の白書にも公的に整理されているよ[10]。政策史としては大内先生の報告にも詳細な経緯がまとめられている[11]。その結果どうなったか。現在、日本の人工林の約4割、面積にして約444万ヘクタールがスギで覆い尽くされている。これは日本の国土の約12%、つまり1割以上に相当する途方もない広さなんだ[12][33]。」

nano-bananaで作画

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A先生「国土の1割以上がスギ...そりゃあ、逃げ場がないわけです。しかもスギって、植えてから25年か30年くらい経つと、急に花粉を大量に放出し始めるんですよね?」

ほむほむ先生「そうだね。スギ花粉症の歴史的経緯を学術的にまとめた総説でも、『26〜45年生のスギが花粉生産に適した年齢である』と記述されていて、25〜30年を超えるころに花粉源としての寄与が大きくなることが示されているんだ[13]。当時一斉に植えられた大量のスギが、今まさに樹齢50年以上の成熟期を迎え、花粉放出の絶頂期にあるわけだよ。例えるなら、日本全体が巨大なスギの満員電車に乗っていて、誰も降りられないまま一斉にくしゃみをしているような、そんな逃げ場のない状態だね。」

A先生「うわぁ...その例え、リアルすぎて笑えないです。さらに厄介なことに、地球温暖化の影響で猛暑が続くと、翌年の花粉量がもっと増えるって話もありますよね。天気予報でもよく言ってます。」

ほむほむ先生「まさにその点を科学的に裏づけた研究が最近発表されたよ。全国109カ所の花粉沈着量データを1986年から2023年まで長期解析した報告で、夏の平均気温が1℃上がると翌春の花粉数が約39.2%増加するという結果が示されているんだ[14]。夏の日照時間が長いほど飛散開始が早まる傾向もあった。」

nano-bananaで作画

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A先生「1℃で4割近く増えるなんて...。具体的なメカニズムとしては、夏の高温と日照が雄花の分化を促すということですか?」

ほむほむ先生「その通りだよ。三重県津市で10年間にわたる花粉数と気象因子の関連を調べた研究でも、前年8月の気温や当年の日照時間がスギ・ヒノキ花粉数の強い説明因子として特定されていて[15]、猛暑の翌春は花粉曝露量が増えるという臨床的な経験則が統計的にも確認されている。ベースラインのスギ人工林面積が巨大な上に、温暖化で年ごとの花粉量まで底上げされていく。まさに二重苦だね。」

A先生「ベースライン自体が年々押し上げられているなんて、本当に絶望的な気持ちになります...。でもさっき先生が『15年以上の壮大な物語』とおっしゃっていたのが気になっています。何か希望の光はあるんですか?


一筋の光「無花粉スギ」の発見とメカニズム

nano-bananaで作画

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ほむほむ先生「そのとおり。絶望ばかりではないからね。そんな八方塞がりの状況の中で、1992年に富山県で、まさに一筋の光となるような奇跡的な発見があったんだ。」

A先生「それがニュースにも出ていた『無花粉スギ』の原点ですか?誰かが人工的に品種改良して作り出したんですか?」

ほむほむ先生「いや、違うんだ。富山県の研究員の方が、富山市にある神社の境内で、信じられないスギを偶然見つけた。外見上は立派な雄花がびっしりついているのに、いざ飛散時期になっても花粉を全く出さない不思議なスギだよ。平先生らが1993年に報告した論文が、この日本初の雄性不稔スギの記載として位置づけられている[16]。また、林野庁の技術資料にも、この1992年春の発見経緯と、その後の特性評価や増殖の取り組みが記録されているんだ[17]。」

nano-bananaで作画

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A先生「えっ、神社で偶然!?じゃあ、人間の手が入ったわけじゃなくて、自然界に元々ひっそりと存在していた突然変異ということですか。でも、生物学的にはどうして花粉が出ないんでしょう?」

ほむほむ先生「専門用語では『雄性不稔(ゆうせいふねん)』と呼ぶよ。雄花の花粉を正常に作れなくなる性質のことだね。富山県の研究所がまとめた品種解説によれば、顕微鏡観察で、花粉母細胞は形成されるんだけれど、発達途中で花粉粒が異常に肥大し、最終的に消失してしまうことが確認されている。一方で、雌花の機能、つまり種子を作る能力は完全に正常で、発芽率も通常のスギと同等だと報告されているんだ[18]。」

A先生「花粉を作る途中で壊れてしまう...。でも種子は問題なく作れるっていうのが不思議ですね。もう少し分子レベルで何が起きているのか知りたいです。」

ほむほむ先生「良い質問だね。通常、スギの花粉が春の乾燥など厳しい外部環境に耐えて遠くまで飛ぶためには、『スポロポレニン』という非常に強固な殻を被る必要がある。この殻を作るには、脂質由来の前駆体がタペート細胞という支援役の細胞から運ばれてこなければならないんだ。ところが、『MS1』という特定の遺伝子に変異があると、その脂質を運ぶタンパク質がうまく機能しない。Hasegawaら[19]はこのMS1遺伝子を同定し、雄性不稔系統に特有の4塩基対の欠失と30塩基対の欠失を確認していて、結果として、花粉の元となる細胞が耐えきれずに物理的に崩壊してしまうわけだよ。」

nano-bananaで作画

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A先生「なるほど...!つまり、花粉を作るための設計図自体は持っているのに、頑丈な『殻』を組み立てる工程のページだけが数行抜け落ちてしまっているから、未完成のまま壊れちゃう、というイメージですね。」

ほむほむ先生「素晴らしい例えだね、まさにそういうこと。ただ、『遺伝子の変異』と聞くと、患者さんの中には『それって遺伝子組み換え(GMO)なんじゃないの?そんな不自然なものを森の生態系に植えて本当に大丈夫なの?』と不安に思う方もいらっしゃるかもしれない。」

A先生「たしかに、遺伝子と聞くと少し身構えてしまう方も多いですよね。」

ほむほむ先生「そこは安心してほしいポイントだね。現在広く普及しようとしている無花粉スギは、GMOではないんだ。あくまで自然界に数千本から1万本に1本の割合で存在していた突然変異を利用した、昔ながらの交配育種なんだよ。農家さんがより甘くて美味しいトマトを作るために、良い品種同士を掛け合わせているのと同じ理屈だね。メンデルの法則で習った『潜性遺伝(スモールa、スモールaの組み合わせになった時だけ無花粉になる性質)』を利用している。森林総合研究所の資料にも、F1世代では保因(Aa)となり、F2で4分の1程度が無花粉(aa)として出現するというメンデル遺伝に基づく選抜戦略が明記されているよ[20]。これを、成長が早くて幹が真っ直ぐ育つ『精英樹(せいえいじゅ)』と掛け合わせることで、『爽春(そうしゅん)』といった、普通のスギと同等か、それ以上に優れた品質の品種が既に開発されているんだ。」

A先生「へえー!林業の方にとっても、真っ直ぐ育つなら経済的なメリットがありますし、安全性も担保されているなら文句なしですね!花粉症の治療薬を処方する側としても、根本的な花粉の発生源が減ることへの期待は大きいです。」

実用化を加速させる3つのバイオテクノロジー

A先生「でも先生、ちょっと疑問に思ったんですが...。いくら良い親木を掛け合わせても、その子どもが本当に『無花粉』の性質を受け継いだかどうかを確認するのって、木が大きくなって花が咲くまで分からないですよね?スギって成長するまでに何年も、下手したら10年以上かかりませんか?」

ほむほむ先生「鋭いね!まさにそこが、これまでの交配育種における最大の『時間の壁』だったんだ。10年間も大切に育てて、いざ花が咲いたら『あ、花粉が出る普通の木だった』と判明するなんて悲劇だからね。これでは全国の森を入れ替えるなんて夢のまた夢だよ。しかし、ここで現代の科学者たちが次々と技術的なブレイクスルーを起こしたんだ。まず1つ目が『DNAマーカー』による鑑定技術の確立だよ。」

A先生「DNAマーカー...?あ、もしかして、木が大きくなるのを待たずに、遺伝子を直接調べちゃうということですか?」

ほむほむ先生「その通り。種子や発芽した直後のごく小さな葉っぱの段階で、花粉の殻を作る『スイッチ』がオンかオフかを数日以内にほぼ100%の精度で判定できるようになったんだ。Uenoら[21]が先程出てきたMS1座に連鎖するマーカーを開発し、Moriguchi ら[22]がそれを実際の育種集団で運用レベルの検証まで行っているんだ。森林総研の報告[23]でも、品種『爽春』の無花粉遺伝子を高い精度で判定できるDNAマーカーの開発が紹介されているよ。」

nano-bananaで作画

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A先生「赤ちゃんの段階で、将来花粉を出さないエリートかどうか分かるんですね!医学でいう新生児マススクリーニングみたいな発想ですね。これで10年待つ必要はなくなりました。じゃあ、2つ目のブレイクスルーは?」

ほむほむ先生2つ目は『組織培養』の技術、より専門的には『体細胞不定胚形成』という手法だよ。普通は種を植えて一つ一つ育つのを待つけれど、この技術では、未熟な種の細胞の切れ端を液体培地——栄養たっぷりのプールのようなもの——に入れて、まるでパソコンのコピー・アンド・ペーストのように何千回も細胞分裂させて増やしていくんだ。わずか1グラムの細胞の塊から、1000本以上の苗木を、広い土地もいらず、天候にも左右されずに工場のように大量生産できる画期的な技術なんだよ。」

nano-bananaで作画

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A先生「1グラムから1000本!?まさにクローン工場みたいですね。でも、そんな大量培養って品質管理が大変そうですが...。」

ほむほむ先生「良いところに気づいたね。最新のレビュー[24]でも、液体培養はスケールアップに有望だけれど、遺伝子型ごとの最適条件が異なるために、標準化にはまだ課題が残るみたいだね。でも、技術自体は確実に実用段階に近づいているよ。」

A先生「数を増やしつつ品質も保つ。農業や医薬品の製造と同じような課題があるんですね。もしかして、さらに一歩先の未来を見据えた技術もあるんですか?」

ほむほむ先生「うん。それが3つ目のブレイクスルー、『ゲノム編集』だよ。ノーベル賞を受賞したCRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)という技術を使って、スギの花粉形成に関わる特定の遺伝子だけをハサミのようにピンポイントで破壊する技術が、既に世界で初めて成功しているんだ。まず2021年にNanasatoら[25]がスギで実用的に機能することを実証し、これが技術的な足場となったんだ。そして、 2023年にはNishiguchiらが花粉壁形成に関わる遺伝子を標的破壊して、実際に花粉を全く産生しないスギの個体を作り出すことに成功したんだよ [12]。」

A先生「偶然の突然変異を何十年も待つのではなく、人間の手で狙って無花粉スイッチをオフにできる時代に入ったということですか...!ただ、ゲノム編集って聞くと、さっきのGMOの不安がまた頭をよぎるんですが...。」

ほむほむ先生「そこで焦点になるのが『ヌルセグリガント』というアプローチなんだ。」

A先生「ヌルセグリガント...、ええと、ゲノム編集をするためには、一時的に作業用の足場として外来のDNAを入れる必要があるけど、その足場自体を完全に取り除いてしまう...ということでしょうか?」

ほむほむ先生「完璧な解釈だよ!足場を完全に取り除いてしまえば、最終的に出来上がった木の中には外来のDNAは一切残らないので、自然界で偶然起きた突然変異と全く区別がつかない。環境への安全性や社会的な受容性に配慮しながら、これまで数十年かかっていた交配プロセスをたった数年に短縮できる可能性を秘めているんだ。ただし、樹木は世代時間が長いので、安定性評価は今後の課題として残っているね。」

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この先では、以下の内容を詳しく解説しています。
・東京都が15年かけて開発した「心晴れ不稔」誕生の物語・苗木生産は6割なのに植栽はたった1%未満——「90年の壁」の正体
・政府の30年戦略と、今を生きる私たちが花粉症とどう向き合うべきか

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続きは、13167文字あります。
  • 東京都の挑戦——「心晴れ不稔」誕生の物語
  • 立ちはだかる「現実の壁」と日本の未来
  • まとめ:自然との再設計に向き合う
  • まとめ
  • 参考文献

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