小児白血病に使用される「キムリア」とは?高額でも重要な治療方法と開発史を、小児科医がわかり易く解説
最近、ニュースで白血病治療薬「キムリア」が話題となっていました。
そもそもキムリアとはどのような薬、そして治療に使われるのでしょうか?
高額であることに注目が集まっていますが、まずは「知る」ことが大事ですよね。しかし、キムリアは新しい治療薬であり、理解が難しいかもしれません。そして、なぜ高額になるのかも知りたい方もいらっしゃるでしょう。
そこで今回は、特に小児の白血病に使われることの多いキムリアによる「CAR-T細胞療法」に関して解説します。
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「キムリア」開発の歴史

Grokで作画
キムリア(一般名:チサゲンレクルユーセル)は、「CAR-T細胞療法」として世界で初めて承認された医薬品です。
CAR-T細胞とは、私たちの免疫細胞(T細胞)を改造してがんを攻撃しやすくしたものです。 この発想は1980年代末、イスラエルの免疫学者が「キメラ抗原受容体(CAR)」という仕組みを最初に考えたところから始まりました[1]。
私たちの体には、ウイルスやがん細胞などから守るために働く免疫細胞のひとつとしてT細胞があります。通常、T細胞は周りにあるがん細胞を見つけたら攻撃するのですが、その力だけでは十分でなかったり、長い間活発に戦い続けることが難しいことがあります。
そこで、T細胞に特別な「受容体(CAR:キメラ抗原受容体)」を取り付けることで、がん細胞をより的確に見つけ出し攻撃できるように改良しました。
しかし当初はうまく働かず、効果が十分ではありませんでした。そこで、「共刺激ドメイン」と呼ばれる部品を加えることにしたのです。
たとえば、CD28や4-1BBという共刺激ドメインは、T細胞に追加の「元気の出る合図」や「エネルギー」を送る働きをし、CAR-T細胞はまるで「特別なエネルギードリンク」を飲んだように、よりパワフルに、そして長く活躍できるようになったのです[2]。
2012年ごろ、アメリカのペンシルベニア大学を中心に行われた臨床試験で、再発や難治性の白血病患者さんが劇的に良くなる事例が報告されました[1]。特に、当時6歳だった女の子がCAR-T療法後に重い副作用を起こしながらも回復し、10年以上再発がない状態が続いていることが大きなニュースになりました[1]。
こうした成功を受けて、製薬企業のノバルティス社と大学の研究チームが協力し、キムリアを本格的に開発したのです[2]。そして2017年にアメリカのFDA(食品医薬品局)が25歳以下の再発または難治性B細胞性急性リンパ性白血病(ALL)への使用を承認し、これが初めての遺伝子改変細胞治療薬として注目を浴びることになります[3]。
日本でも2019年に厚生労働省が承認し、当時の薬価は約3349万円と非常に高価でした[4]。
CAR-T細胞療法のしくみ

Grokで作画
CAR-T細胞療法は、患者さん自身のT細胞(免疫細胞)に「腫瘍の目印(抗原)を見つけて攻撃するレーダー」のような受容体(CAR:キメラ抗原受容体)を遺伝子操作で組み込む治療法です。
まず患者さんから血液を取り出し、そこからT細胞を集めます。このT細胞に、ウイルスなどの技術を使って「CAR(キメラ抗原受容体)」という特別な受容体の遺伝子を組み込むのです[3]。
すると、この細胞は元々のT細胞より強い攻撃力を持ち、標的となるがん細胞(キムリアの場合はCD19という目印を持つB細胞性のがん)を見つけやすくなります[1][3]。 培養施設で十分増やしたCAR-T細胞は冷凍して患者さんの病院へ戻され、点滴で体に戻します。
するとCAR-T細胞は体内でさらに増えてがん細胞を攻撃し、さらに長期間働き続けることすらあります[1]。その結果、従来の抗がん剤では治せなかった難治性白血病でも、完全寛解(検査で白血病の細胞がほとんど見られなくなり、血液の値が正常に戻った状態)に至る患者さんがでてきたのです。
一方で、この強い攻撃力が原因で「サイトカイン放出症候群(CRS)」や神経症状(免疫効果細胞関連神経毒性症候群; ICANS)などの激しい副作用を起こすことがあります[1]。
「サイトカイン放出症候群(CRS)」や「免疫効果細胞関連神経毒性症候群(ICANS)」とは?
サイトカイン放出症候群(CRS)や免疫効果細胞関連神経毒性症候群(ICANS)とは、どういう副作用なのでしょうか?
T細胞ががん細胞を攻撃すると、そのときに「サイトカイン」と呼ばれる小さなメッセージ分子をたくさん出します。サイトカインは、免疫細胞同士が情報をやり取りする大切な手段ですが、あまりにもたくさん放出されると、体全体で大きな炎症や熱、全身のだるさなどの症状が出ることがあります。これを「サイトカイン放出症候群(CRS)」といいます。
サイトカイン放出症候群が起こると、放出されたサイトカインの影響が脳にも及ぶことがあります。その結果、神経に関連するさまざまな症状が現れることがあります。これを「免疫効果細胞関連神経毒性症候群(ICANS)」と呼びます。
そのため、CAR-T療法を行う病院には集中治療の準備や専門知識が必要です。一方CRSは、IL-6受容体をブロックするトシリズマブなどで治療できるようになり、対策が進んできています[1]。
キムリアが高額な理由

イラストAC
では、キムリアは1回の使用で長い寛解が期待できる一方、なぜ数千万円もするのでしょうか。
大きく分けて、以下のような理由があります。
-
製造方法がオーダーメイドで複雑
患者さんごとにT細胞を採取して運び、遺伝子を入れて培養し、再び患者さんのもとへ戻す必要があります。工場で大量生産できる普通の薬とは違い、1人分ずつ丁寧に作るためコストが高くなります。 -
研究開発費と、その特別な価値
ノバルティス社はこの治療法を実用化するために、長年の研究費や設備投資を行ってきました。さらに、キムリアが「一度の治療で治る可能性がある」ことを考慮し、社会的な価値(医療費の節約や患者さんの生活の質向上)まで見込んだ高い価格を設定したと説明されています[5]。 -
代わりが少ない先端医療
キムリアが承認された当初、同じような効果を示す他の治療薬がほとんどありませんでした。そのため、企業は大きな価格決定力を持つことになりました[5] 。 -
医療体制のコスト
キムリアは認定された一部の大病院でしか行えません。患者さんの細胞を輸送する費用や、集中治療室の準備、副作用対策などにかかる病院側のコストも非常に高くなるからです。
米国では投与から退院までの総費用が1億円~2億円を超えるケースも報告されています[6][7]。日本では薬価が約3349万円に設定されましたが、それでも国内最高水準であり、入院費や副作用の治療費を含めると1例あたり合計3000万円台後半になることが多いと考えられています。
コストと有効性のバランス
薬剤が「本当に費用に見合うのか」を判断するため、医療経済学ではQALY(質調整生存年)やICER(増分費用効果比)という指標を使って評価されます。そして、たとえば小児の再発・難治性白血病に対して、キムリアにより大きな延命効果が期待でき、費用対効果の試算でも「十分に妥当」という結果が報告されています[9]。
1人あたりに数千万円がかかっても、特に子どもの命が助かり、その後の長い人生を送れるならば、社会的にも価値が大きいという考え方です。
一方、成人のリンパ腫などでは小児ほどQALYの上乗せが大きくなく、「やや割高」とする研究もあります[10]。ただし、CAR-T細胞療法は従来治療が効かなくなった人を救える可能性があり、単純な費用だけでなく、患者さんや家族の生活を大きく改善する側面も考慮されるでしょう。
キムリアが若いひとの白血病に使われる理由と、それ以外のがんへの応用
キムリアは元々、子どもや若い人に多い「B細胞性の急性リンパ性白血病」を対象に開発されました。
B細胞性急性リンパ性白血病は、主に子どもや若い人に多く見られる血液のがんの一種です。この病気は体の中で血液を作る場所である骨髄において、免疫に関わるB細胞という白血球が、まだ成長途中のままで異常に増えてしまうことが原因です[11]。
小児急性リンパ性白血病は再発すると治療が難しく、命を落とすケースも少なくありませんでしたが、CAR-T細胞療法によって大きく救われるようになったのです。
若い患者さんは免疫細胞が元気で、CAR-T細胞も増えやすいと考えられます。そして、体力があるぶん副作用に耐えられる可能性が高いことも、用いられる可能性が高い理由の一つです[1][3]。
こうしたことから、キムリアはまず小児・若年層の難治性白血病を中心に使われ始め、実績を上げました。 現在では、B細胞性リンパ腫や多発性骨髄腫など、血液がんのほかの種類でも複数のCAR-T製剤が承認されています[1]。
しかし、固形がん(肺がんや乳がんなど)への応用は、がんの性質上まだ研究段階です。現在、CAR-T細胞をさらに改良し、さまざまながんへ広げようとする試みが盛んに行われています[1]。
最近、「健康・医療高額療養費制度」の見直しに関する議論の中で、キムリアがやり玉にあがりました。しかし、キムリアは多くの患者さんに使われるわけではなく、ごく少ない患者さんに、特別な医療機関で使われている治療方法です。そして、特に子どもの難治性白血病では大きな効果を示しており経済的な効果も確認されています。
たしかに、その特殊な製造方法から高額であることは確かです。もちろん安価であるに越したことはないですが、子ども達のためにも、先進的な治療の道を残しておきければと願っています。
まとめ
✅️キムリアは、一度点滴するだけで長く白血病を抑え込める可能性がある「生きた薬」です。患者さん自身の細胞を使い、体の中でがんを探し出して攻撃し、特に従来の治療では救えないような難しい白血病患者さんにとっては、命をつなぐ大きな希望となっています。
✅️この治療法の最大のポイントは、「オーダーメイド」であることです。患者さんごとにT細胞を取り出して改造し、専用施設で増やしたあと戻すため、大量生産ができません。一方で、その分だけ高い効果が期待できるというメリットもあります。副作用対策には集中治療が必要な場合があり、病院側にも特別な体制が求められます。
✅️費用対効果の面では、小児など若年患者さんほどQALY(質調整生存年)の増加が大きいため、「高くてもその価値がある」と考えられています。ただし、すべてのがんや年齢に対して同じ効果が得られるわけではありません。今後は、価格交渉や新しい仕組みなどを通じて、より多くの人がこの治療を受けられるようになることが期待されています。
(注)私は25年以上の経験を持つ小児科医で、骨髄移植などの治療経験もありますが、血液専門医ではありません。
参考文献
[1]Mitra A, Barua A, Huang Y, et al. “From bench to bedside: the history and progress of CAR T cell therapy.” Frontiers in Immunology. 2023;14:1188049.
[2] Honikel MM, Olejniczak SH. Co-Stimulatory Receptor Signaling in CAR-T Cells. Biomolecules 2022; 12.
[3]Awasthi R, Maier HJ, Zhang J, Lim S. Kymriah® (tisagenlecleucel) - An overview of the clinical development journey of the first approved CAR-T therapy. Hum Vaccin Immunother 2023; 19:2210046.
[4]1回3349万円の白血病治療薬、保険適用を決定
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44794650U9A510C1MM0000/
[5]Keppler N. “A Game-Changing New Cancer Treatment Is Cripplingly Expensive.” VICE News. March 2, 2018.
[6]Cui C, Feng C, Rosenthal N, et al. “Hospital healthcare resource utilization and costs for CAR T-cell therapy and autologous transplant in LBCL patients in the US.” Leukemia & Lymphoma. 2024;65(7):922-931.
[7] Maziarz RT. “CAR T-cell therapy total cost can exceed $1.5 million per treatment.” Healio/HemOnc Today. 2019.
[8]日本造血・免疫細胞療法学会「CAR-T療法の総費用について」 https://www.jstct.or.jp/modules/cart_t/index.php?content_id=35
[9]Sarkar RR, Gloude NJ, Schiff D, Murphy JD. “Cost-Effectiveness of CAR T-Cell Therapy in Pediatric Relapsed/Refractory B-ALL.” J Natl Cancer Inst. 2019;111(7):719-726.
[10]Huntington SF, et al. “Cost-effectiveness of chimeric antigen receptor T-cell therapy in adults with relapsed or refractory follicular lymphoma.” Blood Advances. 2023;7(12).
[11]Lejman M, Chałupnik A, Chilimoniuk Z, Dobosz M. Genetic Biomarkers and Their Clinical Implications in B-Cell Acute Lymphoblastic Leukemia in Children. International Journal of Molecular Sciences 2022; 23.
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