痛くない「鼻スプレー」インフルワクチンは、いかに認可までたどりついた?

2024年秋から、鼻スプレータイプのインフルエンザワクチン『フルミスト』が使用開始になります。フルミストは、米国において認可された後、推奨からはずれたり、また推奨されたり…と評価が定まらなかった時期があったことはご存知でしょうか。実は、このワクチン、さまざまな苦難がありました。
堀向健太 2024.03.03
誰でも

『痛くない』インフルエンザワクチン「フルミスト」とは

インフルエンザがおおきな流行になっています。
しかも今シーズンは、A型は2種類、さらにB型も流行し、2つの流行の山をつくってきているため、長い流行となっています。

流行は、しばらく続きそうですね…

現場で診療をしていると、ワクチンを接種していない方が狙い撃ちになっている印象で、2回、3回と罹っている方も少なくありません。

東京都健康安全研究センター https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/flu/flu/

東京都健康安全研究センター https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/flu/flu/

東京都健康安全研究センター https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/flu/flu/

東京都健康安全研究センター https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/flu/flu/

インフルエンザワクチンは、流行に効果があります。

アトランタ疾病対策予防センターが実施された、保育所に通う2歳から5歳の子ども748人に対する検討でも、インフルエンザA型を3割程度、インフルエンザBを半分以下のリスクにしたと報告されています[1]。

しかし、残念ながらインフルエンザワクチンの接種率は決して高くありません。来シーズン以降も、流行は続くでしょう。

しかし、痛いワクチンはしたくない、という方も多いかもしれません。
そのようななか、来シーズン、2024年シーズンから、生ワクチンとして鼻に噴霧するタイプのインフルエンザワクチン『フルミスト』が使用できるようになります。

注射が苦手な子どもたちにも選択肢として提供されることで、より広く使用される可能性があります。

さて、フルミストは生ワクチンです。生ワクチンとは、生きたウイルスや細菌の病原性を極力抑え、免疫を強くつけるワクチンになります。

一方で、従来の注射のワクチンは、不活化ワクチン、すなわちウイルスや細菌の病原性を除去し免疫をつける成分を残したというワクチンでした。

では、この新しい鼻スプレー式の生ワクチン フルミストのほうが、従来のワクチンより有効性が高いということなのでしょうか?

そして、生ワクチンになることで、接種に注意点はあるのでしょうか?

さらにフルミストは、米国の予防接種に関する認可をする機関、ACIP(Advisory Committee for Immunization Practices; ワクチン接種に関する諮問委員会)から、一旦認可された後、推奨からはずれたり、そしてまた推奨されたり…と評価が定まらなかった時期があったことはご存知でしょうか。

なぜ、そんなことが起こったのでしょうか?

今回は、今後、日本で使用される予定の鼻噴霧式の生インフルエンザワクチン、フルミストに関して解説いたします。

***

このニュースレターでは、さまざまな子どもやアレルギーに関する医療情報を豊富な出典に基づき配信しています。継続的に記事を受け取りたい方は、 メールアドレスを登録していただくことで 次回以降 メールで記事を お届けすることができますので、よろしければご登録をよろしくお願いいたします。  

「フルミスト」の効果と歴史:一時、推奨が撤回されるまで

2009年の『新型インフルエンザ』の流行を覚えていらっしゃるでしょうか?

そして米国での2017-2018年のインフルエンザシーズンは、2009年の新型インフルエンザの大流行後で最も大きなものでした。

しかし、ACIPは、弱毒化インフルエンザ生ワクチン、すなわちフルミストの使用を2年連続で推奨しなかったのです。なぜなのでしょうか?その理由は、歴史的な経緯を知る必要性があります。

弱毒化インフルエンザ生ワクチンは、1960年代には研究が始まっていました。その後、弱毒化したインフルエンザウイルスの株(A/H1型、A/H3型、B株)が試験され、その安全性、免疫の生成、効果が証明されたのです[2]。

1995年、アビロン(現メディミューン・ワクチン)は、ミシガン大学から経鼻生インフルエンザワクチンの開発権を取得しました。そして1997-1998年のシーズンに3000人以上の小児を対象に行われた試験では、90%以上の効果でインフルエンザを予防しました[3]。

そして2007年、このワクチンは冷凍製剤から液体製剤に変更され使いやすくなり、2歳以上の子どもにも使用できるようになりました。同年、アストラゼネカがメディミューンを買収し、2012年、メディミューンは弱毒化インフルエンザ生ワクチンの成分を3種類から4種類(H1株、H3株、B株の2種)に増やす承認を得ました。

そうして経鼻生インフルエンザワクチンの出荷は、2004~2005年の約203万回から、2014~2015年の約1390万回に増加しました。

さらに経鼻生インフルエンザワクチンが、注射型インフルエンザワクチンよりも効果があるかどうかに関する研究が行われました。経鼻生インフルエンザワクチンは、喘息のある子どもや、呼吸器感染症を繰り返す子どもを対象にした研究では、注射型ワクチンより有効とされました[4][5]。

しかし、成人を対象にした研究では、注射型ワクチンより有効性が劣ることが示されたのです[6]。

経鼻生インフルエンザワクチンは、どうやら大人より子どもに効果が高いとわかったため、カナダ、英国、独国など子ども向けに経鼻生インフルエンザワクチンの使用を推奨し始めました。

そして2014-2015年のシーズンに米国ACIPでも、2歳から8歳の子どもに、注射型インフルエンザワクチンよりも経鼻生インフルエンザワクチンを優先的に使うよう推奨しました。

この勧告は、2013-2014年シーズンのデータを基に行われました。
しかし、2014年10月に判明した経鼻生インフルエンザワクチンに関するデータでは、予想外の結果がでてきたのです。A型インフルエンザ(H1N1)に対する効果が証明されなかったのです。一方、注射型ワクチンは効果がみとめられました。

なぜ、H1N1型のインフルエンザA型に経鼻生インフルエンザワクチンの効果が低かったのでしょうか?

ここで、経鼻生インフルエンザワクチンの効果に地域差があることが判明しました。
経鼻生インフルエンザワクチンの効果があったのは、米国とカナダの寒い地域で、温暖な地域ではほとんど効果がみとめられなかったのです。

この理由として、夏の終わりにワクチンが高温にさらされ、生ワクチンであるために効果が下がってしまったと考えらました[7]。

そこで、メディミューン社は、H1N1株を変更し、出荷方法を見直したのです。
では、この対策で有効性が復活したのでしょうか。

2015-2016年のシーズン、ACIPは経鼻生インフルエンザワクチンを注射型インフルエンザワクチンと同様に選択肢としました。
そのシーズンには、経鼻生インフルエンザワクチンが不得意とする鬼門のH1N1株が流行しました。そして、経鼻生インフルエンザワクチンは、注射型ワクチンに比較して効果が低かったとがわかりました[8]。

2015-2016年の経鼻生インフルエンザワクチンは、熱に強いH1N1株を使用し、出荷と配送の方法も改善されていたのにもかかわらず、です。

しかし、経鼻生インフルエンザワクチンは、A型の一種H3N2株やB株に対しては、大きな問題は報告されていません。しかし、やはりH1N1株に対する効果があきらかに低いことが明らかになったのです[9]。

どうやら、H1N1株に対する経鼻生インフルエンザワクチンの効果が低いことがわかってきました。

その時点で、ACIPはこれらを検討し、経鼻生インフルエンザワクチンを、一般に推奨しないという結論に至りました[10]。

「フルミスト」の効果と歴史:推奨が再度されるまで

長い前置きでした。

ここまでが、2017-2018年シーズンに大きなインフルエンザの流行があったにも関わらず、ACIPが、弱毒化インフルエンザ生ワクチン(フルミスト)の使用を2年連続で推奨しなかった理由です。

では、ACIPが経鼻生インフルエンザワクチンの推奨を取り下げた後、なぜ、推奨が復活してきたのでしょう

2013年から2016年のH1N1ウイルス株の問題を調査されました。
4種類のインフルエンザの型が含まれる経鼻生インフルエンザワクチンに使われるH1N1にも種類がいくつかあります。そのなかでも、カリフォルニア株とボリビア株という株の効果が大幅に減少していることがわかりました。これらの株を改良し、新しいH1N1株が使用されるようになったのです。

そしてさらに、米国ACIPから推奨されなかった時期も、カナダ、フィンランド、英国では同じH1N1株を使った経鼻生インフルエンザワクチンを使用しており、効果を示したことが明らかになりました。特に英国では、学校における経鼻生インフルエンザワクチンの接種プログラムが良い結果を示したのです[11]。

 そうして、2018年2月、新しいH1N1スロベニア株を使った経鼻生インフルエンザワクチンが、血液の中の抗体を大きく増加させることが報告されました[12]。

その結果、ACIPは2018-2019年シーズンから、経鼻生インフルエンザワクチンを再び推奨するようになりました。

そして現在では、さまざまな調査により、生ワクチンと一般的な不活化型の注射ワクチンの効果はおおむね同等であるとされています。

ここまでが、ACIPが再度推奨するまでの経過です。長かったですね。

経鼻生インフルエンザワクチン、フルミストは、1960年代から開発が進み、最初は効果があると思われたのですが、保存や輸送の問題で効果が下がる可能性が指摘され、さらに改良が何度も繰り返されて、ようやく注射インフルエンザワクチンと同等の効果が示されるようになったのです。

2歳から19歳の若年層向け:新しい鼻噴霧式インフルエンザ生ワクチンの特徴と効果

フルミストは生ワクチンで、2歳から19歳未満の方が対象です。
噴霧量は合計で0.2ミリリットルで、右と左の鼻の穴にそれぞれ0.1ミリリットルずつスプレーします。このワクチンには、症状が起こらない程度に弱くしたインフルエンザウイルスが含まれており、鼻に入れることで免疫が作られます。

このワクチンは、英国の会社アストラゼネカの子会社が最初に開発し、欧州や米国で使用されていました。

では、鼻噴霧タイプのインフルエンザワクチンの効果はどのくらいあるのでしょう。生ワクチンですので、現在使用されている注射タイプのワクチンよりも効果がある可能性も期待できますね。

しかし、その効果は人の年齢や健康状態、流行するウイルスの種類によって変わることがあり、必ずしも不活化ワクチンにまさるとは言えないようです[13]。

「フルミスト」適用範囲と注意事項

今のところ、2歳未満のお子さんには「フルミスト」の使用が認められていません。
米国では接種可能年齢は「49歳まで」になっていますが、現状では、日本での認可は2歳から19歳未満に限られています
個人的には、歴史的に小児に効果が出やすいことがあったからかなと思っています。

また、アスピリンやサリチル酸を含む薬を使用している2歳から17歳のお子さんにも、この生ワクチンは適用できません。これは、生ワクチンだからですね。インフルエンザに罹っている最中に、アセトアミノフェンとイブプロフェン以外の解熱鎮痛薬が使用しづらいことはご存知と思います[14]。

そして免疫不全の方や妊娠中の方も、生ワクチンのため使用が制限されます。
ただし、従来の不活化型ワクチンは、これらの方々にも接種可能ですし、推奨されます。

そして、インフルエンザの薬、例えばタミフルを服用している場合、生ワクチンの効果が弱くなります。生ワクチンですからそうですよね。

また、他のワクチンとの同時接種は可能ですが、生ワクチン同士の場合は4週間の間隔を空ける必要があります。

フルミストは、妊娠中は不可、授乳中は可能、風邪時の注意点

再度強調しますが、妊娠中の方は生ワクチンを使用できません。しかし不活化ワクチン、すなわち従来の注射によるワクチンは妊娠初期からでも使用可能です。

そして、出産されたあとに、フルミストを使用することできます。授乳中の方も、フルミストを接種することができます。妊娠中や授乳中の方が最近生ワクチンを使用したひとに接触することに関しても、特に問題はないとされています。

風邪をひいている時にフルミストを接種しても良いかという問題があります。鼻水があったり、鼻が詰まっている場合は効果が十分でない可能性があるからです。

そして、フルミストは基本的に、シーズンに1回接種で終了となります。
繰り返しの注射が必要になることが多い注射タイプのワクチンに比べると、使いやすいと考える方もいらっしゃるでしょう。

日本におけるフルミスト:19歳以上および2歳未満は適用はまだされませんが、今後、ひろく普及する可能性があります

どちらにしても、日本では、19歳以上の成人に対しては今のところ、フルミストタイプのインフルエンザ生ワクチンは使えません。また、2歳未満のお子さんにも使用できません。

ですので当面のところは、2歳未満・19歳以上の方々には、従来の注射ワクチンで対応することになるでしょう。効果に関しては、フルミストとそれほど差がないだろう報告が多いようです。

生ワクチンなので効果が高いと思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、今のところ、そこまで大きな差はないということです[13]。

***

それでは、今回はインフルエンザの鼻スプレータイプの生ワクチンであるフルミストに関して簡単にお話をさせていただきました。最近認可されたとはいえ、まだ積極的に使えるような状況ではありません。2024年秋以降から広く使われるようになるだろうと考えられます。

わたしも事前に少し勉強しなければと思っていましたので、共有させていただきました。

それでは、今回はこれで終了とさせていただきます。
また次回お会いいたしましょう。

参考文献

[1]Hurwitz ES, Haber M, Chang A, Shope T, Teo ST, Giesick JS, et al. Studies of the 1996–1997 Inactivated Influenza Vaccine among Children Attending Day Care: Immunologic Response, Protection against Infection, and Clinical Effectiveness. The Journal of Infectious Diseases 2000; 182:1218-21.
[2]Davenport FM, Hennessy AV, Maassab HF, Minuse E, Clark LC, Abrams GD, et al. Pilot studies on recombinant cold-adapted live type A and B influenza virus vaccines. J Infect Dis 1977; 136:17-25.  
[3]Influenza virus vaccine live intranasal--Aviron. Flumist, influenza vaccine live intranasal. Drugs R D 2002; 3:123-9.
[4]Ashkenazi S, Vertruyen A, Arístegui J, Esposito S, McKeith DD, Klemola T, et al. Superior relative efficacy of live attenuated influenza vaccine compared with inactivated influenza vaccine in young children with recurrent respiratory tract infections. Pediatr Infect Dis J 2006; 25:870-9.  
[4]Fleming DM, Crovari P, Wahn U, Klemola T, Schlesinger Y, Langussis A, et al. Comparison of the efficacy and safety of live attenuated cold-adapted influenza vaccine, trivalent, with trivalent inactivated influenza virus vaccine in children and adolescents with asthma. Pediatr Infect Dis J 2006; 25:860-9.
[5]Ashkenazi S, Vertruyen A, Arístegui J, Esposito S, McKeith DD, Klemola T, et al. Superior relative efficacy of live attenuated influenza vaccine compared with inactivated influenza vaccine in young children with recurrent respiratory tract infections. Pediatr Infect Dis J 2006; 25:870-9.
[6]Monto AS, Ohmit SE, Petrie JG, Johnson E, Truscon R, Teich E, et al. Comparative efficacy of inactivated and live attenuated influenza vaccines. N Engl J Med 2009; 361:1260-7.
[7]Caspard H, Gaglani M, Clipper L, Belongia EA, McLean HQ, Griffin MR, et al. Effectiveness of live attenuated influenza vaccine and inactivated influenza vaccine in children 2-17 years of age in 2013-2014 in the United States. Vaccine 2016; 34:77-82.  
[8]Influenza Activity—United States, 2015-16 season and composition of the 2016-17 influenza vaccine.MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2016; 65: 567-575  
[9]  Advisory Committee for Immunization Practices. Advisory Committee on Immunization Practices: Summary Report June 22-23, 2016, Atlanta, Georgia. https://stacks.cdc.gov/view/cdc/45578.    
 [10] National Immunization Technical Advisory Group Resource Center. ACIP Recommends Not to Use LAIV During 2016-17 Flu Season. https://maic.jsi.com/resources/laiv-2016-2017/     
 [11]End-of-season influenza vaccine effectiveness in adults and children, United Kingdom, 2016/17.Euro Surveill. 2017; 22   
 [12]  Centers for Disease Control and Prevention. Results of Randomized Trial of a New H1N1 LAIV Strain in US Children. https://stacks.cdc.gov/view/cdc/59904    
[13]CDC: Live Attenuated Influenza Vaccine [LAIV] (The Nasal Spray Flu Vaccine) https://www.cdc.gov/flu/prevent/nasalspray.htm
[14]Mizuguchi M, Yamanouchi H, Ichiyama T, Shiomi M. Acute encephalopathy associated with influenza and other viral infections. Acta Neurologica Scandinavica 2007; 115:45-56.

無料で「ほむほむ先生の医学通信」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

読者限定
世界で感染拡大がはじまっている『マイコプラズマ』。日本で感染拡大する前...
読者限定
ステロイド点眼液には、重要な注意点があるという話
読者限定
花粉症の時期の目のまわりの湿疹、どうすればいいですか?
読者限定
スギ花粉症の発見と対策の歴史。スギ花粉のシーズンが始まる前に。|第10...
読者限定
ヤギ乳は、赤ちゃんに与える粉ミルクの代わりにも、牛乳アレルギーのある人...
読者限定
安全にスギ花粉症が軽くなる?『スギ花粉症治療米』とは?|第8回
読者限定
ハウスダスト中の食物が、子どものアレルギーを発症させる?|第7回
誰でも
食物アレルギーはどこまで治療できる?免疫療法の歴史と、安全な治療法が模...