麻疹ワクチン2回打ったのに抗体がつかない?体で起こる「抗体ではない免疫」とは

「はしか(麻疹)のワクチンを2回打ったのに、抗体検査が陰性でした…私は無防備なんでしょうか?」そんな不安の声を耳にすることがあります。しかし、実は麻疹ワクチンを接種したときの効果は「抗体」だけではありません。実は、あなたの体の中には数値には表れない、もっと深い「第二の防御システム」が眠っているかもしれません。最近の免疫学が解き明かす、人体の驚くべきメカニズムを紐解きます。
堀向健太 2025.12.18
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今回は、先日のXでのアンケートで最も要望の多かった『麻疹ワクチンと抗体』についてです。 本来、こうした深掘り解説はサポートメンバー(有料)限定でお届けしていますが、麻疹の感染拡大が懸念される社会的状況を鑑み、今回は『自分と社会を守るための必須知識』として、12月21日(日)までの【期間限定】で、無料登録のみで全文公開しています。

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東京都心の、とある病院の医局。窓の外は灰色の雲が垂れ込め、冷たい雨がアスファルトを叩いている。研修医のA先生は、スマホのニュース画面を見つめたまま、しばらく動かずにいた。

A先生 「先生、これ見ましたか…? 都内で0歳の男の子が麻疹(はしか)に感染したってニュース。ベトナムからの帰国便で感染した可能性があるって…[1]」

デスクで医学書を広げていた指導医のほむほむ先生が、眼鏡の位置を直しながらゆっくりと振り返る。

ほむほむ先生 「ああ、見たよ。台東区役所にも立ち寄っていたという報道だね。世界的に麻疹が急増している今、いつ日本に入ってきてもおかしくない状況だったけど、実際にニュースを見ると身が引き締まるね」

A先生 「ですよね…。それで、実はこのニュースを見て不安になったという患者さんのお母さんが、さっき外来にいらしたんです。30代の女性なんですけど、母子手帳には確かに『麻疹ワクチン2回接種済み』の記録があって。でも、職場の健診で抗体検査をしたら『陰性』だったそうで…」

ほむほむ先生 「ふむ、なるほど。ご本人はかなり動揺されていたんじゃないかな?」

A先生 「はい。『2回も打ったのに意味がなかったんでしょうか』『私は、武器なしで戦場にいるようなものですか』って、涙ぐまれてしまって…。どう説明していいか言葉に詰まってしまったんです。3回目を打つべきなのか、それとも…。ただ『大丈夫ですよ』と言うだけじゃ、無責任な気がして」

A先生は悔しそうに唇を噛んだ。その手には、患者の検査データのコピーが握りしめられている。

ほむほむ先生 「A先生、その悩みはとても大切だね。実はその『抗体陰性』の裏側には、検査数値だけでは見えないメカニズムが隠されているんだ。今日はその謎を、最新の免疫学の知見を借りて一緒に解き明かしていこうか」

そう言ってほむほむ先生は、コーヒーを二つ淹れ始めた。

抗体だけじゃない。免疫の「2つの舞台」とは

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

数字に表れる「警備隊」と、見えない「特殊部隊

温かいコーヒーを一口すすり、ほむほむ先生はホワイトボードに向かった。

ほむほむ先生 「まず、A先生。免疫というものをどうイメージしているかな? 多くの人は『抗体=免疫の全て』と考えがちだけど、実はそれは氷山の一角に過ぎないんだ。2021年にオックスフォード大学のPollard先生たちが発表した総説でも強調されているんだけど、ワクチンによって誘導される免疫には、大きく分けて2つの主役がいるんだよ[2]」

A先生 「えっと、学生時代の免疫学の講義を思い出します…。『液性免疫』と『細胞性免疫』ですよね?」

ほむほむ先生 「その通り! さすがだね。まず1つ目の『液性免疫』。これの主役が、今回A先生が悩んでいる検査で測定している『抗体(B細胞が作るタンパク質)』なんだ。ウイルスが体に入ってきた瞬間、血中でウイルスにくっついて無力化(中和)する。いわば、国境を守る『最前線の警備隊』だね[2]」

A先生 「警備隊、ですか。確かにイメージしやすいです。検査で測っているのは、この警備隊の人数ということですね」

ほむほむ先生 「そう。でもね、もし警備隊の包囲網を突破して、ウイルスが細胞の中に侵入してしまったらどうなると思う? そこで登場するのが、もう一つの主役『細胞性免疫』なんだ。こちらはT細胞というリンパ球たちが主役で、感染してしまった細胞ごと見つけ出して破壊する。言わば、国内に潜入した敵を排除する『後方支援の特殊部隊(SWAT)』だよ[2]」

A先生 「特殊部隊…! なんだか頼もしいですね。つまり、最前線の警備隊(抗体)がいなくても、奥には強力な特殊部隊(T細胞)が控えている可能性がある、と?」

ほむほむ先生 「まさにその通り。ここが今日の最大のポイントであり、最初の謎解きの鍵なんだ。抗体検査(血液検査)では、残念ながらこの『特殊部隊』の姿は見えない。だから、抗体が陰性だからといって『免疫がゼロ』とは限らないんだよ」

A先生 「なるほど…! 目に見える数字だけを見て、『防衛力ゼロだ』と判断するのは早計なんですね。でも先生、そもそも論として、どうしてワクチンを打っても警備隊(抗体)が増えない、あるいは消えてしまう人がいるんでしょうか?」

なぜ警備隊は配備されないのか?「一次性ワクチン不全」の謎

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

ほむほむ先生 「良い質問だね。そこには大きく分けて2つのシナリオがあるんだ。まず1つ目は『一次性ワクチン不全(Primary Vaccine Failure: PVF)』と呼ばれる現象だよ。これは、ワクチンを打っても、最初から体が十分な抗体を作ってくれない状態を指すんだ」

A先生 「最初から、ですか。どのくらいの頻度で起こるものなんですか?」

ほむほむ先生 「米国CDCの教科書や、Redd先生らの2004年の研究によると、麻疹ワクチンの場合、1歳で接種した場合の約95%は抗体ができるけど、残りの5%程度は抗体ができないとされているんだ[3][4]。つまり、20人に1人は、1回打っても免疫がつかないということになるね」

A先生 「5%…クラスに1〜2人。決して少なくない数字ですね。だから2回接種が必要なんですか?」

ほむほむ先生 「その通り。2回接種を行う最大の目的は、ブースター(上乗せ)効果というよりも、この『1回目で漏れてしまった5%の人』を救済することにあるんだよ[5]。2回目を打つことで、不全だった人のうち95%以上はきちんと抗体を獲得できると、香港の保健当局やECDC(欧州疾病予防管理センター)のデータでも示されているんだ[6][7]」

A先生 「なるほど。1回目の取りこぼしを拾うための2回目なんですね。でも、今回のお母さんは2回打っています。それでも抗体が陰性なのはなぜでしょう? 何か邪魔をするものが?」

ほむほむ先生 「鋭いね、A先生。実はここで、いくつかの『邪魔者』や『相性』が関わってくるんだ。例えば、接種のタイミングだね。実はいくつかの研究では、お母さんから受け継いだ『移行抗体』が残っている時期にワクチンを打つと、ワクチンの成分が移行抗体に中和されてしまい、赤ちゃんの自身の免疫が十分に立ち上がらないことがあると分かっているんだ[8][9]。もちろん、全く無駄という意味じゃないよ。」

A先生 「あ! 母親からのプレゼントである抗体が、皮肉にもワクチンの邪魔をしてしまうんですね。だから1歳未満での接種は慎重になる必要があると。でも、今回は30代の方ですし…」

ほむほむ先生 「そうだね。実はもう一つ、もっと根深い理由がある。それは遺伝子(体質)なんだ。最近、僕たちの白血球の型であるHLA(ヒト白血球抗原)のタイプによっては、どうしても麻疹ワクチンへの反応が鈍い人がいることが分かってきているんだよ[10]」

A先生 「HLA…移植の時などに聞くあれですね。つまり、努力不足でも体調管理のせいでもなく、生まれ持った相性のようなもので、抗体ができにくい人がいるということですか」

ほむほむ先生 「そうなんだ。だから、患者さんが自分を責める必要は全くないよ。これが『一次性ワクチン不全』の正体の一つだね」

平和の代償? 時間経過で抗体が減る「二次性ワクチン不全」

nano-bananaで作画

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A先生 「遺伝的な相性…。では、もう一つのシナリオというのは?」

ほむほむ先生 「それは『二次性ワクチン不全(Secondary Vaccine Failure: SVF)』だね。一度は元気に警備隊(抗体)が配備されたものの、長い年月を経て徐々にその数が減り、検査で引っかからないレベルまで落ちてしまった状態だよ」

A先生 「警備隊が高齢化して引退してしまった、みたいなイメージでしょうか」

ほむほむ先生 「ふふ、うまい例えだね。実はこれには、現代ならではの皮肉な事情も関係しているんだ。2025年に行われたシステマティックレビューでも指摘されているけど、ワクチン接種後、年数が経つにつれて抗体価は徐々に低下する[11]。昔は麻疹が日常的に流行していたから、街中でウイルスに触れるたびに免疫が『おっと、敵だ!』と再訓練され、抗体が補充される『自然ブースター効果』があったんだよ」

A先生 「あぁ、なるほど。常に仮想敵国と接しているような緊張感があったわけですね」

ほむほむ先生 「そう。でも、日本のように麻疹がほとんど排除された環境では、その訓練の機会がない。ニューヨークの医療従事者を調査された研究でも、若い世代ほど抗体価が低い傾向があったんだ[12]。平和ボケ…と言うと語弊があるけど、平和だからこそ、警備隊が常駐しなくなっているんだね」

A先生 「平和の代償、ですか…。でも先生、理由はどうあれ、警備隊(抗体)がいないことには変わりありませんよね? それってやっぱり危険なんじゃ…」

A先生の表情に再び曇りが差す。理屈は分かっても、目の前の「陰性」という事実が持つ不安は拭えないようだ。

抗体陰性でも守られている?見えない「特殊部隊」の証明

nano-bananaで作画

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猿と子どもたちが教えてくれた「免疫の記憶」

ほむほむ先生 「ここからが、最初話した『特殊部隊(細胞性免疫)』の出番なんだ。A先生、ここで一つの有名な実験の話をしよう。2004年にPermar先生らが発表した、アカゲザルを使った衝撃的な研究なんだ[13]」

A先生 「サルですか? どんな実験なんですか?」

ほむほむ先生 「研究チームは、麻疹ワクチンの免疫を持つサルに対して、特殊な薬剤を使ってB細胞(抗体を作る工場)を枯渇させたんだ。つまり、体の中から『警備隊』を強制的に消し去ったわけだね。その状態で、致死量の麻疹ウイルスを感染させたらどうなったと思う?」

A先生 「えっ…抗体がないんですよね? それはひとたまりもなく重症化して、最悪の場合は…」

ほむほむ先生 「そう思うよね。ところが、サルたちは生き延びたんだ。 確かにウイルス血症(ウイルスが血液中に溢れる状態)は起きたけれど、体内に残っていたCD8陽性T細胞(キラーT細胞=特殊部隊)が急速に増殖し、ウイルスを排除したんだよ。逆に、T細胞の方を消してしまうと、抗体があっても症状が悪化したんだ」

A先生 「ええっ!? 抗体ゼロでも、T細胞だけで致死量のウイルスに勝てたんですか? それはすごい…!」

ほむほむ先生 「そうなんだ。これが『細胞性免疫』の実力だよ。さらに人間でのデータもある。1995年にセネガルで行われた調査なんだけど、ワクチンを打ったけれど抗体価が極めて低い子どもたちが、家庭内で麻疹患者と濃厚接触した。通常ならば90%以上感染する状況だけど、その多くは発症しなかったんだ[14]」

A先生 「抗体が低くても、発症しなかった…。つまり、検査には引っかからないレベルの微量な抗体や、T細胞の記憶がしっかり働いていたということですね」

姿を変えた麻疹「修飾麻疹」

ほむほむ先生 「その通り。実際に、抗体陰性の人の血液から、麻疹ウイルスに反応するT細胞が見つかっている[15]。記憶は消えていなかったんだよ。 そしてA先生、ここでもう一つ重要な概念がある。もし、万が一この防衛線を突破されて発症したとしても、ワクチン接種者の麻疹は、別の顔を見せるんだ」

A先生 「別の顔…ですか?」

ほむほむ先生 「そう、『修飾麻疹(しゅうしょくましん)』と呼ばれるものだね。2023年に韓国の病院内アウトブレイクが報告されているんだけど、ワクチン接種歴がある人が感染した場合、熱が出なかったり、発疹が少なかったりと、症状が劇的に軽くなることが多いんだ[16]」

A先生 「ああ、教科書で読んだことがあります! ただの風邪と見分けがつかないくらい軽いこともあると」

ほむほむ先生 「うん。何より重要なのは、肺炎や脳炎といった命に関わる合併症のリスクが圧倒的に低くなることだね。 A先生、患者さんが恐れているのは『検査の数値が低いこと』そのものかな? それとも『麻疹にかかって重症化すること』かな?

A先生 「っ…! そうですね。患者さんが一番怖いのは、命の危険です。抗体の数値はそのための目安のひとつ…」

ほむほむ先生 「そうなんだ。ワクチンを2回接種したひとの『抗体陰性=無防備』ではないよ。『抗体陰性でも、ワクチンをきちんと規定回数行ったひとは、しっかりと特殊部隊が待機していて、最悪の事態(重症化・死亡)のリスクは大きく下がっている』んだ。これが今の免疫学が示す結論だね」

追加接種は必要か? 個人の対策と社会的意義

nano-bananaで作画

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3回目を打てば解決するのか? 抗体が定着しない「いたちごっこ」

謎が解け、A先生の表情が明るくなってきた。しかし、まだ最後の手順が残っている。

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ここまで、医学的なメカニズムによる「安心」をお伝えしてきました。 しかし、ここから先は「現実的なアクション」の話です。
多くの患者さんが次に抱く疑問、 「理屈は分かった。でも、念のために『3回目』を打っておいた方が安心なんじゃないか?」 という迷いについて、国際的なガイドラインはどう答えているのでしょうか?

続きのエリアでは、

  • 「3回目接種」をどう判断すべきか?(医学的・社会的理由)

  • 家族や園への説明にそのまま使える【図解まとめスライド】

  • 万が一の際のアクションプラン

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続きは、6027文字あります。
  • あなたの「2回」は、とても大事な「社会の城壁のレンガのひとつ」になっている
  • まとめ
  • 参考文献

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