育休は長いほど良い?最新論文があきらかにした早期復職と母子の健康の関係とは?

「育休は長いほど子どもの将来に良い」という考え方は、多くの親御さんが信じるテーマかもしれません。実際に10年ほど前に、そのことを支持する研究結果が公開されています。しかし、近年の科学的再検証により、その前提が大きく揺らいでいます。本記事では、最新の研究成果に基づき、育休の長さが子どもの発達や母親のメンタルヘルスにどのような影響を与えるのか、その核心に迫ります。
堀向健太 2026.01.02
誰でも

2026年が始まったばかりのある冬の日の夕暮れ。医局に、研修医のA先生が飛び込んできました。その手には、スマホの画面のスクリーンショットが握られています。SNSで拡散されている「母親の育休と子どものIQ」に関する投稿。それを見てびっくりしたのです。A先生の表情には、もしこのことを患者さんに尋ねられたら、医師として何と答えるべきかという戸惑いがにじんでいました。

「セーフティネットという言葉の本当の意味を、一緒に考えてみようか」。

ほむほむ先生は静かにそう切り出し、窓の外に目をやりました。その視線の先には、年末年始のお休み中に川沿いの道を歩く、親子連れの姿が見えています。

本記事を最後まで読めば、

・育休の長さで子どもの将来の年収は本当に変わるのか?
・早期復職が子どもに悪影響を及ぼすという説の真相は?
・母子の心身を守るために最低限必要な育休期間とは?

これらの疑問にお答えできるよう執筆しました。

このニュースレターでは、さまざまなテーマを根拠に基づき、わかりやすくお届けしています。
ご登録いただければ、次回以降はメールで配信されます。よろしければご登録いただけましたら幸いです。

「12週間以内の復職は危険?」あの研究のその後

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

A先生「ほむほむ先生、お疲れ様です。さっきのポストのこと、ずっと頭から離れなくて……。SNSの投稿には、『出産後12週間以内にフルタイム復職すると子どもの認知能力が下がる』って書いてあったんです。現代の生活では、職場復帰しなきゃいけないご両親も多いと思うんです。なんて声をかければいいのかわからなくなってしまいます」

ほむほむ先生「……A先生、その投稿のことは私も目にしたよ。おそらく元になっているのは、2005年に発表されたバーガーらの研究 [1] だね。米国の大規模な追跡調査データを使った、当時、注目を集めた論文だったんだ」

A先生「やっぱり、ちゃんとした研究に基づいていたんですね……。それなら、その疑問や不安も当然というか」

ほむほむ先生「いえ、そう結論づけるのはまだ早いよ。確かにバーガーらの報告では、産後12週間以内にフルタイムで復職した母親の子どもは、3〜4歳時点での認知テストのスコアがわずかに低く、攻撃性などの行動問題がやや高いという結果になっていたんだ。でもね、A先生。この研究には、ある重大な『見落とし』が潜んでいたんだよ」

A先生「見落とし、ですか?」

ほむほむ先生「ええ。この研究は『観察研究』…つまり、実際に起きている状況を後から集計して分析したものなんだ。介入試験のように条件を揃えて比較したわけではないんだん。すると何が起きるか、分かるかい?」

A先生「えっと……条件が揃っていないから、別の要因が結果に影響している可能性がある、ということでしょうか」

ほむほむ先生「その通り。僕たちはそれを『選択バイアス』と呼んでいるよね。たとえば、経済的に厳しくて『とにかく早く働かなければ』という状況の家庭と、十分な貯蓄があって長く休める家庭。この二つを単純に比べてしまうと、もともとの教育環境や生活のゆとりが全く違ってくる。つまり、早期復職そのものが悪影響を与えたのか、それとも早期復職せざるを得ない背景にある困難が影響しているのか、この研究だけでは区別がつかないんだ。」

A先生「なるほど。『12週間以内の復職=悪』と短絡的に結びつけるのは危険かもしれないってことですね」

世界中が信じた「ノルウェーの奇跡」とその見直し

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

A先生「もっと精度が高い研究というと……もしかして、ノルウェーの研究ですか? 2015年のカルネーロらの論文 [2] ですよね。育休を延長したら、子どもが30歳になったときの賃金が5%も上がったという……。あれこそが『育休は長い方が良い』という主張の決定的な根拠だと思っていました」

ほむほむ先生「そう、まさにその研究だ。ノルウェーは行政データが整備された『データ大国』で、制度改正のタイミングを利用した『自然実験』によって、非常に精度の高い分析ができるんだ。ところがA先生、科学というのは常に自己検証を続けるものでね。2024年から2025年にかけて、リルボーエらのグループがこの研究を非常に厳密に再検証したんだ [3]。その結果……3つの重大な誤りが見つかってしまったんだ」

A先生「えっ、3つも……? 一体何が間違っていたんですか?」

ほむほむ先生:「まず1つ目は、制度改革の内容の誤解だ。カルネーロらは『1977年に有給育休が新設された』と仮定していたんだけど、実際には以前から存在いたんだ。期間がわずかに延長されただけだったんだよ。2つ目は、分析手法のミス。特定の日に制度が切り替わったという前提で分析していたんだけど、実際には職場によって導入時期がバラバラで、比較の前提が崩れていたんだよ。そして3つ目は、データの定義ミス。対象者の絞り込みが甘く、さらに『30歳時点』の賃金と言いつつ、実際には20代後半のデータが混ざっていだんだ」

A先生「それで、正しく計算し直すとどうなったんですか?」

ほむほむ先生「再検証の結果、将来の賃金が上がるといったプラスの効果は、すべて統計的に消えてしまったんだ。世界中で引用されてきた『5%の賃金上昇』という数字は、計算上の『幻』だった可能性が高いということになるんだ」

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

A先生「……正直、ショックです。信じていた身としては複雑な気持ちになりますね」

ほむほむ先生「科学には、自己修正能力があるからね。ただ、この結果は『育休に意味がない』と言っているわけではないんだよ」

「0から1」と「1からその先」、効果の違いとは?

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

ほむほむ先生「ここで重要なのは、制度が『0から1』になる瞬間と、『1をさらに長くする』ことでは、意味が全く違うという点なんだ」

A先生「0から1……?」

ほむほむ先生「たとえば、育休制度がない国で新たに有給育休が導入される…これは母子の健康に効果があるんだ。一方で、すでに制度が整っている国で、6ヶ月を1年に、12ヶ月を15ヶ月に……と延長しても、子どもの学力や認知能力に『さらなる上乗せ効果』が出ることはほとんど確認されていない。カナダ [4] やスウェーデン [5] の研究でも、期間をさらに延ばしたことによる学力向上は見られなかったんだ」

A先生「最初の数ヶ月が大事で、そこから先は『長ければ長いほど能力が伸びる』というわけではないんですね」

鍵を握るのは「保育の質?」。北欧からの教訓とは?

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

ほむほむ先生「もう一つ外せないのが、『お母さんが復職した後、子どもがどんなケアを受けるか』という視点です。北欧の研究では、親の学歴が低い家庭ほど、質の高い保育施設を利用することで、家庭環境による発達の格差が縮小するという傾向が見られているんだ [7]。また、保育士さんへの研修プログラムによって、子どもの数学的思考が改善したという報告もある [6, 8, 14]」

A先生「質の高い保育園が利用できるなら、早期復職が必ずしも悪いとは言えない……」

ほむほむ先生「その通り。ただし、オーストリアの研究 [9, 10] では、育休延長が『もともと教育資源の豊かな家庭』に有利に働く可能性(マタイ効果)も指摘されている。だからこそ、育休は単なる長さではなく、保育の質や経済支援を含めた社会システム全体のバランスで考えるべきなんだ」

大きな事実とは?「12週間」が守る親子の命と心とは

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

A先生「結局、私たち現場の医師や親御さんは、何を信じればいいんでしょうか?」

ほむほむ先生「膨大な研究を統合した結論として、事実が2つ挙げられる。まず1つ目。『最低12週間の育休』は、命と健康を守るためのラインだってこと。有給休暇の拡充と乳児死亡率低下の関連が示唆されているんだ[11]。」

A先生「IQとか年収以前に、赤ちゃんが健やかに生きるための土台なんですね」

ほむほむ先生「そして2つ目。母親のメンタルヘルスへの保護効果だ。系統的レビュー [12, 13] によれば、有給で適切な長さの育休は、産後うつや心理的ストレス、バーンアウトのリスクを下げるんだ。お母さんの心が安定しているからこそ、子どもとの健全な愛着関係が育まれるんだね」

A先生「なるほど……。外来で悩んでいる保護者さんには、『早く復職することで子どもの将来がダメになるわけじゃない。でも、お母さんの心と体を守るために、今はしっかり休んでくださいね』って伝えればいいんですね」

ほむほむ先生「素晴らしい理解だね。育休は子どもの能力を上げる『ツール』ではなく、親子の命と心身の健康を守る『公衆衛生のセーフティネット』といえるんだ。そう考えれば、復職のタイミングで悩む親御さんの肩の荷を、少しは下ろしてあげられるかもしれないね」

nano-bananaで作画

nano-bananaで作画

まとめ

✅️「育休延長で年収が上がる」という説は、最新の再検証で否定されつつあります。 過去の有名な研究には計算上の誤りがあり、現在では長期的な賃金上昇効果は確認されていないようです。

✅️「質の高い保育」があれば、早期復職が子どもに悪影響を与えることはないと考えれられるようになってきています。大切なのは長さの競争ではなく、保育環境や家庭支援を含めた社会全体のバランスといえます。

✅️最低12週間の育休は、母子の命と心を守る「セーフティネット」です。 産後うつの予防や乳児死亡率の低下など、医学的に見てこの期間の休息には決定的な価値があります。

【免責事項】 本記事は一般的な科学的根拠に基づく情報提供を目的としており、個別の診療やアドバイスに代わるものではありません。育休の取得や復職については、ご自身の体調やご家族の状況を鑑み、必要に応じて専門医や保健師にご相談ください。  

参考文献

1. Berger LM, Hill J, Waldfogel J. Maternity Leave, Early Maternal Employment and Child Health and Development in the US. Econ J. 2005;115(501):F7-F28. doi:10.1111/j.0013-0133.2005.00971.x

米国の大規模調査を用いた観察研究。産後12週間以内のフルタイム復職と子どもの認知能力・行動問題の相関を報告しましたが、家庭環境による選択バイアスの影響が指摘されています。

2. Carneiro P, Løken KV, Salvanes KG. A Flying Start? Maternity Leave Benefits and Long-Run Outcomes of Children. J Polit Econ. 2015;123(2):365-412. doi:10.1086/679627

ノルウェーの制度改革を利用した研究。育休延長が子どもの将来の賃金を5%上げると報告し、世界中の政策に影響を与えましたが、後の再検証でその根拠が揺らぐこととなりました。

3. Lillebø OS, Markussen S, Røed K, Zhao Y. Not a flying start after all? A Comment. J Polit Econ. 2024. doi:10.1086/732218

上記カルネーロらの研究に対する厳密な再検証。制度解釈やデータ定義の誤りを修正した結果、将来の賃金上昇や学力向上といったプラスの効果は統計的に消失することを明らかにしました。

4. Baker M, Milligan K. Maternity leave and children's cognitive and behavioral development. J Popul Econ. 2015;28(2):373-391. doi:10.1007/s00148-014-0529-5

カナダの制度改正(育休6ヶ月から1年への延長)を分析した研究。延長による子どもの認知・行動面への有意な上乗せ効果は確認されませんでした。

5. Liu Q, Skans ON. The Duration of Paid Parental Leave and Children's Scholastic Performance. BE J Econ Anal Policy. 2010;10(1). doi:10.2202/1935-1682.2329

スウェーデンの研究。育休を12ヶ月から15ヶ月に延長しても、子どもの16歳時点の学力テストの成績には平均的な改善が見られないことを示しました。

6. Lekhal R, et al. Promoting classroom quality through professional development: Results from the Oslo early education study. Stud Educ Eval. 2025;84:101462. doi:10.1016/j.stueduc.2025.101462

ノルウェーの保育施設における研修プログラムの効果を検証。保育者と子どもの相互作用の質を高める介入が、特に低年齢児の発達に寄与することを示しました。

7. Zachrisson HD, et al. Universal Early Childhood Education and Care for Toddlers and Achievement Outcomes in Middle Childhood. J Res Educ Eff. 2024;17(1):1-23. doi:10.1080/19345747.2023.2187325

ノルウェーの1〜2歳児向け保育の拡大を調査。質の高い集団保育は、特に親の学歴が低い家庭の子どもの発達において、格差を縮小する効果があることを報告しています。

8. Størksen I, et al. The playful learning curriculum: A randomized controlled trial. Early Child Res Q. 2023;63:275-289. doi:10.1016/j.ecresq.2023.01.015

「ガイド付き遊び」を中心とした保育カリキュラムのランダム化比較試験。専門的なアプローチを伴う遊びが、子どもの就学前の数学的指標を有意に改善させることを示しました。

9. Danzer N, Lavy V. Paid Parental Leave and Children's Schooling Outcomes. Econ J. 2018;128(608):81-117. doi:10.1111/ecoj.12493

オーストリアの育休延長(12ヶ月から24ヶ月)を分析。延長の効果が、高学歴家庭の男児など特定の層に偏る可能性(マタイ効果)を指摘した研究です。

10. Troccoli C. Does paid parental leave affect children's schooling outcomes? Replicating Danzer and Lavy (2018). J Appl Econom. 2024. doi:10.1002/jae.3021

上記ダンザーらの研究を再検証。効果の現れ方の不均一性(層による違い)を慎重に評価すべきであることを改めて強調しています。

11. Nandi A, Hajizadeh M, Harper S, Koski A, Strumpf EC, Heymann J. Increased Duration of Paid Maternity Leave Lowers Infant Mortality in Low- and Middle-Income Countries: A Quasi-Experimental Study. PLoS Med 2016; 13:e1001985.

12. Heshmati A, Honkaniemi H, Juárez SP. The effect of parental leave on parents' mental health: a systematic review. Lancet Public Health. 2023;8(1):e57-e75.

Lancet Public Health誌に掲載された系統的レビュー。有給かつ適切な長さの育休が、親(特に母親)の産後うつやストレス、バーンアウトに対して強力な保護効果を持つことを示しました。

13. Hidalgo-Padilla L, Toyama M, et al. Association between maternity leave policies and postpartum depression: a systematic review. 2023.

産後うつと育休政策に関する系統的レビュー。有給の育休制度が充実しているほど、産後うつの症状が軽減される傾向を報告しています。

14. Laaninen M, et al. Age of entry into early childhood education and care, literacy and reduction of educational inequality in Nordic countries. Eur Soc. 2024. doi:10.1080/14616696.2024.2310694

北欧諸国における早期保育の開始時期と教育格差の関係を調査。質の高い保育への早期アクセスが、教育の不平等を是正する可能性を論じています。

無料で「ほむほむ先生の医学通信」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

提携媒体・コラボ実績

サポートメンバー限定
筋トレをすると身長の伸びが止まる?止まらない?
サポートメンバー限定
麻疹ワクチン2回打ったのに抗体がつかない?体で起こる「抗体ではない免疫...
読者限定
「厚着で汗をかけば治る」は危険?発熱時の真実と3つのリスク
読者限定
「窓の鍵、かけましたか?」インフル異常行動の正体と、2025年最新エビ...
読者限定
インフルエンザでもお風呂に入っていいの?回復を助ける7つの入浴法とは。...
サポートメンバー限定
なぜ、インフルエンザに罹らない人がいるの?
サポートメンバー限定
インフルエンザ薬「ゾフルーザ」に「顆粒」が登場。1回服用の新薬、わが子...
読者限定
「フルミスト」の危険な使い方と副反応とは?【フルミスト徹底解説 後編】...