感染症の増加は免疫低下によるものなのか? | 第1回
突然ですが、医学情報はどれくらいの勢いで増えていると思いますか?
2016年、ある有名な医学雑誌にこのような記事が掲載されました。Googleなどで検索するように、医療者が医学論文を検索する『Pubmed』というサイトがあります。
そのサイトには毎年、100万件以上の論文が新しく登録されていたのだそうです[1]。
Nature 2016;535:457-8
すごい数ですよね。
しかし、この報告は2016年です。その後、みなさんもよくご存知のことが起こりました。
そう、コロナウイルスのパンデミックです。
そして、根拠のある情報のみならず、真偽が明らかでないような情報が拡散し様々な情報が入り乱れる『インフォデミック』が加速したのです[2]。『査読前の論文』、すなわち第三者の評価を十分に受けていない内容の論文情報まで出回っていましたよね。
https://www.who.int/health-topics/infodemic#tab=tab_1 2023年8月13日アクセス
そのようななか、より根拠のある情報にたどり着きにくい現状になってきました。
医師であっても、多くのひとから『間違っていますよ』と指摘されるような事態を多く目にすることが増えています。
こんにちは。
『ほむほむ先生の医学通信』をお読みいただきありがとうございます。
この度、theLetterで連載を始めることになりました。最初に、私が情報発信にtheLetterを選んだ理由をお話いたします。
theLetter で発信する理由
私は、さまざまな研究をして医学論文を発表したり、医学雑誌向けの記事も数多く書いています。
ですので、ある程度は信憑度の高い論文に行き着く術をもっていますが、その情報をアップデートするために、日々研鑽と勉強を続けています。
そして、日々勉強していることを、ブログ、音声ラジオVoicy、note、経済関係サイトNewspicksなどさまざまな媒体で共有しています。
さらにそのまとめ記事を、Yahoo!エキスパート(旧Yahoo!個人)、毎日新聞、看護師向けサイト看護Roo!で公開しています。
ブログやnoteは、日々医療情報をアップデートしていらっしゃる医療者や保護者さんの壁を低くするために。
Newspicksは、軋轢が生まれがちな医療と経済の壁を低くするために。
Yahoo!エキスパートは、より広く情報を共有する記事を届けて、医療への壁を低くするために。
毎日新聞は、新聞を医療情報の収集先にしている年配の方々と保護者世代の壁を低くするために。
看護Roo!は、医師と看護師さんとの壁を低くするために。
個人的には、『ひとりメディアミックス』などと言っていますが、それは様々な発信先に届け、最終的に医療と患者さんの架け橋になればいいなと願っているからです。
そのなかでも音声メディアVoicyは、普段の診療の中で疑問があったり、アップデートが必要なことが持ち上がったときに勉強したことを、台本なしに喋っています。
そして自分の中にストックを積み上げているのですが、その共有するための、私の勉強のためにも重要な発信ツールになっています。すなわち、Voicyは即時性よりもストックを意識しています。
しかし、音声情報はながら聴きには最適ではあるものの、文字情報よりも長い時間を要します。
そのため、文字情報をどのようにストックするのかを考えていました。そしてtheLetterでは、Voicyでストックした情報を文字起こししながら発信しようかな…と考えていたのです。
しかし…
ただVoicyの文字起こしをするだけでは、記事としてはあまり完成度が高くなかったのです。
音声での発信は、シンプルであるほうがわかりやすいのですが、文字情報ではもっと深掘りしなければならないのだなと感じました。そこで、核はVoicyの情報としながらも、手間と時間を投下して記事を作成することにしたのです。
すなわち、theLetter の情報は、私自身と皆さんの中に知識のストックを深掘りしながら積み上げていくことを目標として始まるメールマガジンです。
その成り立ちから、theLetterの記事はVoicyの文字起こしがベースです。有料のVoicyプレミアム放送の内容も組み込んでいきます。そして、テーマに付随した『こんなTipsもあります』という内容も追加していく予定です。Tipsという言葉は、「コツや秘訣」といった意味ですね。
コツや秘訣には、出典や根拠とはやや馴染みにくい、個人的な考え方なども含まれ、根拠が必ずしも不十分な場合もあると思いますが、できる限り、根拠をもとにお話してまいります。
私が発信している医療情報には共通点があります。
私は、外来で診療している患者さんから得た気づきから日々勉強しています。
そしてその勉強した内容を患者さんにお話して重要だったと感じたことを、『診察室の延長』として情報発信し、そして共有しています。
言ってみれば、私自身が20年以上、日々の勉強のために続けていることの延長にある活動です。
この仕事を続けている間は続く道だと思っています。
AIが発展しています。
知識は、AIでもまとめられます。そして『まとめ記事』は様々な場面で読めるようになりました。しかし、そんな無機質な情報は、つまらない授業のようなものです。
長い勉強の道にはむいていないでしょう。
すなわちこのメールマガジンは、私の長い勉強の仲間になっていただける方を募集しています。
そして、医療情報をストックしたいさまざまな世代、さまざまな職域の方々とストックを増やしていき、『いつの間にか診察室で医師と患者さんの壁が低くなっていた』という方向に向かっていければいいなと思っています。
一緒に、子どもの医学を勉強してまいりましょう。
感染対策緩和後に感染症が増える
photoAC
さて、子どもの感染症が流行しています。
そもそも集団保育に行き始めると、感染症にかかるリスクは高まります。
たとえば、フィンランドのトゥルク大学病院における研究があります。
フィンランドの子ども 1827人を生後24カ月まで調査し、集団保育の方法ごとの呼吸器感染症の回数などを検討したものです。
すると、呼吸器感染症による症状があった日数は、集団保育を開始前の1ヵ月間の平均3.79日だったのですが、集団保育では開始2ヵ月後に10.57日になったという結果でした[3]。
Schuez-Havupalo L, et al. Daycare attendance and respiratory tract infections: a prospective birth cohort study. BMJ open 2017; 7.
この回数は9ヶ月程度で落ち着くとされています。
ですので、今後、だんだん回数は落ち着くはずです。
とはいえ、今年は、予想される以上に様々な感染症が多く見られました。たとえば、ヘルパンギーナ、咽頭結膜熱などを挙げてみましょう。
ヘルパンギーナの流行状況
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/herpangina/herpangina/ 東京都感染症情報センター 2023年8月13日アクセス
咽頭結膜熱の流行状況
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/pcf/pcf/ 東京都感染症情報センター 2023年8月13日アクセス
RSウイルス感染症の流行状況
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/rs-virus/rs-virus/ 東京都感染症情報センター 2023年8月13日アクセス
ここ数年あまり流行していなかったヘルパンギーナ、アデノウイルスによる咽頭結膜熱、溶連菌感染症など…が、『同時に』増えたのです。
そして、少しずつ落ち着いてきていることがわかるでしょう。
このような感染症の流行が繰り返されるなか、『免疫力低下』について語られる機会がウェブ上でも増えています。
しかし、その話題を見て免疫が全体的に破壊されていると感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
なぜ感染症が増えているか…
すくなくとも、コロナ禍での感染対策が影響していることは間違いないでしょう。
実際、最近のオーストラリアからの報告では、感染対策が緩和された後にさまざまな感染症が増えたことが示されています[4]。
感染対策がここまで大規模におこなわれてきたことは、過去の歴史上もあまり例はありませんでした。もちろん、新型コロナへの対策としてとても重要ではあったのですが、感染症に対する獲得免疫が一部低下した状況になったとも言えるでしょう。
このような状況は、免疫力低下とはいいません。
免疫負債(Immunity debt)などと言います[5]。
photoAC
繰り返しになりますが、『免疫負債』は、『免疫力低下』と同義ではありません。
免疫負債は、一時的に感染症から身を守る環境が長引くことで生じる問題のひとつです。
いつかは返済しなければならないという意味合いです。ある感染症にかからなかったことである感染症に対する獲得できなかった免疫を自分自身にさらす機会を与えるということです。
これは、ある意味、借金の返済をいつするかというようなものでしょう。
その返済とは、これまで受けられなかった感染症のテストを一つ一つ受けるというようなものです。
しかし、これらのテストを一気に受けようとするとどのような事が起こるでしょうか。
前述したような、さまざまな感染症が同時に起こるような、困難な状況が生ずるのです。
海外ではすでにこのような状況が起こっており、救急搬送に24時間以上かかるような事態も発生しています。
そして、日本でも同様の事態が起こりました。
救急車で勤務されている救急隊の方々の過労が極まり、事故を起こした…といった報道が相次ぎました[6][7]。
さらに、前線では、さまざまな薬が不足しています。
たとえば、ペニシリンなど、広く使用されている抗菌薬が処方しても入手できない状況が続いています[8][9]。
そこで今回から「感染症」をテーマに記事をお届けします。
これらは、大きな流行にならなくとも、知っておくべき感染症です。
感染症の種類や主な症状、注意点、そしてTipsなどをなるべく分かりやすくお伝えしていきます。そして感染症をとりまく、問題点なども考えていきましょう。
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【参考文献】
[1]Landhuis E. Scientific literature: Information overload. Nature 2016; 535:457-8.
[3]Schuez-Havupalo L, et al. Daycare attendance and respiratory tract infections: a prospective birth cohort study. BMJ open 2017; 7.
[4]Riepl A, et al. The surge of RSV and other respiratory viruses among children during the second COVID-19 pandemic winter season. Front Pediatr. 2023 Feb 1;11:1112150.
[5]Munro AP, et al. Immunity debt and unseasonal childhood respiratory viruses. Br J Hosp Med (Lond) 2022; 83:1-3.
[6]消防署に帰る途中に事故…患者搬送終えた救急車が電柱に衝突 出動重なり疲労蓄積で注意力散漫になった可能性(2023年8月2日東海テレビ)
[7]救急車の運転手、17時間休みなしで横転事故 「眠気に襲われた」(2023年1月17日 朝日新聞)
[8]「クラバモックス小児用配合ドライシロップ」出荷停止のご案内とお詫び(グラクソ・スミスクライン株式会社)(2023年6月1日感染症学会)
[9]感染症流行を受け、各種抗菌薬の供給が不安定に(2023円6月28日 日経メディカル)
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