なぜ、インフルエンザに罹らない人がいるの?

インフルエンザの流行が拡大し、学級閉鎖のニュースも聞こえてくる季節になりました。 ところで、皆さんの周りにこんな人はいませんか? 家族全員がインフルエンザで寝込んでいるのに、一人だけ涼しい顔でピンピンしている人。今回は、この「なぜかかからない人」の秘密に迫ります。
堀向健太 2025.11.20
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こんにちは。いつもお読みいただきありがとうございます。今月4本目の記事です。
今月は、診療がさらに忙しくなってきていますが、論文や研究の傍ら、音声ラジオVoicyの更新を頑張っています。
こちらも、お時間があればよろしくお願いいたします😌

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インフルエンザの流行が大きくなってきています
でも、皆さんの周りにもいませんか? 家族全員がインフルエンザで倒れても、一人だけ涼しい顔をしている「罹ったことがない人」

実はその違い、最新科学でかなり説明がつくようになってきているんです。

今回は、そんな「罹らない人」の謎を、遺伝子レベルから生活習慣まで掘り下げて解説します。
遺伝子の話などは少し難しく感じるかもしれませんが、読み進めていただければ「じゃあ、明日からどうすればいいの?」という具体的なアクションまでつながるように構成しました。
この記事が、今年の冬を乗り切るための「盾のひとつ」になることを願っています。

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インフルエンザが猛威を振るう冬の小児科外来。連日の救急対応で少しお疲れ気味の研修医A先生が、指導医の「ほむほむ先生」に、素朴かつ切実な疑問を投げかけています。

A先生「先生……。また同期のB先生がインフルエンザでダウンしました。同じようにウイルスを浴びているはずなのに、C先生だけはずっとピンピンしてるんです。『不公平ですよね』って言いたくもなりますよ……。」

ほむほむ先生「ああ、よくある光景だね。でもA先生、その『不公平』の正体、実は単なる運ではないとしたらどうする? ウイルスの侵入を拒む遺伝子、細胞内での増殖を食い止める遺伝子、そして過去の『免疫の記憶』。彼らの中には、驚くべき防衛戦術が隠されている可能性があるんだ。いい機会だから、人体を『要塞』に見立てて、その謎を解き明かしてみようか。」

本記事を最後まで読めば、以下のことが分かります。

  • ウイルスを「門前払い」する遺伝子とは?

  • 日本人を含む東アジア人で「インフルエンザの重症化リスクと関連しうる遺伝子型」が多いと言われる理由

  • 「睡眠と運動」が感染リスクを大きく変える科学的根拠

これらの疑問が氷解するように、丁寧に解説していきます。

第1の防衛線:ウイルスを門前払いする「FUT2遺伝子」

ChatGPTで作画

ChatGPTで作画

A先生「よろしくお願いいたします! でも『遺伝子』って言われると、もう生まれつき決まっていてどうしようもない、みたいな絶望感があるんですが……。」

ほむほむ先生「ふふ、結論を急がないで。まずは『生まれつきの盾』の話から始めようか。実は、ウイルスとの戦いは『体に入る前』から始まっているんだよ。そのカギを握る候補のひとつが『FUT2(フットツー)遺伝子』だ。」

A先生「FUT2……? 消化器内科の回診で、ノロウイルスに関係する遺伝子として聞いたことがある気がします。」

ほむほむ先生「さすが、よく勉強しているね! まさにそれだよ。FUT2遺伝子は、唾液や腸管の粘液に『血液型に関連した糖鎖』をどれくらい出すかを決めているんだ。ノロウイルスやロタウイルスなど一部のウイルスでは、この糖鎖が出るか出ないか(分泌型か非分泌型か)が、感染しやすさに大きく関わることが分かっている。[1–3] インフルエンザウイルスも、細胞の表面にある『糖鎖』という突起を目印にして着陸する点では同じなんだ。飛行機が滑走路の誘導灯を目印にするようなものだね。ただし、インフルエンザの主な受容体はシアル酸という別の糖で、FUT2がインフルエンザの“かかりやすさ”をどの程度左右するかについては、まだ研究途上なんだけどね。[3,19]」

A先生「ということは、FUT2のタイプによってウイルスにとっての“着陸しやすさ”が少し変わるかもしれないけれど、ノロウイルスみたいに『ほぼかからない人がいる』とまでは言えない、くらいのイメージですか?」

ほむほむ先生「その表現が一番誠実かな。日本人の約2割にいる『非分泌型(ノンシークレター)』の人では、粘膜に出ている血液型関連の糖鎖が少なく、特にノロウイルスでは『そもそも結合しにくい』ため感染しにくいことが知られている。[1,2] 一方、インフルエンザについては“FUT2が関係している可能性がある”と示唆する研究はあるけれど、まだ決定打とは言えない。[3] だからここでは、『生まれつき、粘膜の“景色”に個人差があって、ウイルスがつかまりやすい人とつかまりにくい人がいるかもしれない』くらいに理解しておくのが安全かな。」

A先生「うわあ、それは羨ましい……。僕はノロウイルスにもしっかりかかったことがあるので、間違いなくその『選ばれし2割』には入っていない自信があります。」

ほむほむ先生「まあ、落ち込むのはまだ早いよ。これはあくまで第1の防衛線の話。もしここを突破されても、城の中にはもっと強力な『門番』が控えているんだ。」

この記事は無料で続きを読めます

続きは、10300文字あります。
  • 第2の防衛線:細胞内のゲートキーパー「IFITM3」と東アジア人の宿命
  • 第3の防衛線:免疫の司令塔「HLA」とその“相性”
  • まさかの伏兵:血液型とインフルエンザの都市伝説
  • 大きな援軍:「ライフスタイル」という後天的な盾
  • 過去の記憶が未来を守る:「インプリンティング」と抗体の質
  • 今回のまとめ
  • 参考文献リスト

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