食物アレルギーはどこまで治療できる?免疫療法の歴史と、安全な治療法が模索されている話|第6回
『アレルギー』とは、いつからわかっていた?
アレルギーは、古代から知られていました。古代ギリシアの医者であるヒポクラテスは、牛乳を飲むと嘔吐や下痢、じんま疹が出ることを記しています[1]。アレルギーのことを指しているのであろうと考えられています。
しかし、100年ほど前までは、その用語も確定していなかったのです。
こんにちは。ほむほむです。
『アレルギー』という言葉を知らない方はいらっしゃらないでしょう。
では、このアレルギーという用語は、いつから使われるようになったのでしょう。
今回は、その歴史を紐解きつつ、模索されている現在の治療法をかんがえてみましょう。
アレルギーの用語、黎明期。
アレルギーという用語は、1906年にオーストリアのウィーン大学のフォン・ピルケ医師によって初めて使われました[2]。
クレメンス・フォン・ピルケhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%AB%E3%82%B1
『アレルギー』という用語には、ギリシア語で「ἂλλoς ἔργoν (allos ergon)=変わった作用」という意味があります[3]。メカニズムはよく分かっていなかったのです。
そしてアレルギーという用語や考え方は、すぐには広まりませんでした。
アレルギーがどのように起こるのかを検討する方法も十分ない時代ですし、無理もないことですよね。
1903年、米国の医師ウイリアム・ダンバーは、花粉に含まれたtoxinが特定の反応を引き起こすことを発見しました。そして、この反応を止める「anti-toxin」という物質も見つけたのです[4]。toxinとは毒素という意味です。アレルギーというより、毒と考えられていたのですね。
しかし治療の糸口は、このアレルギーという用語が提唱された時期にすでに見つかってきていました。
アレルギー治療、『アレルゲン免疫療法』。
1911年、ロンドンのレオナルド・ヌーン医師が、花粉症の患者に少しずつ花粉を注射するという方法で治療を試みました[5]。彼の妹ドロシーが集めてきた花粉を用いて研究したとされています。
彼の研究は、良好な結果が得られ、短い論文で発表されましたが、ヌーンは結核で若くして亡くなりました。その研究は彼の友人ジョン・フリーマンがその研究を引き継がれたとされています。
これは、現在では『アレルゲン免疫療法』というアレルギー体質そのものを治す方法として知られています。2018年、日本でもスギ花粉やダニのアレルギー体質を改善する治療『アレルゲン舌下免疫療法』として保険適用になっており、治療をしている方もいらっしゃるでしょう。
このアレルゲン免疫療法の歴史は結構古いということですね。
アレルゲン免疫療法のリスク。
しかし、この治療法にはリスクがあることが当時から知られていました。
アレルギーを起こすものを食べたり、注射したりすると、強い反応、アナフィラキシーを起こすことがあります。
1902年、フランスの研究者シャルル・リシェとポール・ポルティエは、あるイソギンチャクの触手の毒性作用の研究中に危険な反応(アナフィラキシー)を引き起こすことを報告しました。「アナフィラキシー」の語源は、ギリシャ語に由来し、"ana"(再び)と"phylaxis"(見張り、警戒)から成り立っています。
さて、ここまでは『花粉アレルギーに対する皮下免疫療法』のはじまりの話でした。
食物アレルギーに対する免疫療法の歴史。
では、食物アレルギーに対する免疫療法は、どのような歴史があるでしょう。
実は、食物アレルギーに対する免疫療法に関しても歴史は古く、アレルギーの用語が提唱された前後までさかのぼります。
1905年に、牛乳アレルギーの治療として、少しずつミルクを与える方法が試みられました。そして1908年には、卵アレルギーの少年が、少しずつ卵を食べることで、完全に卵を食べられるようになったと報告されています。
しかし、その後の研究はなかなか進みませんでした。
そもそも、食物アレルギーの治療は難しく、治療の効果も人によって異なります。
そして花粉に対する免疫療法でもわかっていたように、アレルギーのある食物を食べたり注射をしたりするということは、強いアレルギー症状『アナフィラキシー』を起こすリスクと隣り合わせだったからです。
また、食物アレルギーの原因となる物質も指標となる検査なども十分にわかっていなかったため、治療の進展が遅れました。
ですので、再度、食物アレルギーの免疫療法が注目されるようになるのは最近になります。
アレルゲン免疫療法は、効果とリスクのバランスを考えながら発展した
食物アレルギーに対する免疫療法は、なぜ効果があるのでしょう。
アレルギー反応を起こす抗原(おおくはタンパク質)をアレルゲンといいます。
そして体内に侵入したアレルゲンを、樹状細胞という細胞が認識します。
樹状細胞というのは、情報をつたえるメッセンジャーになるような細胞です。
その樹状細胞が免疫細胞(T細胞などと名前がついています)に、『こんなタンパク質がいるよ』情報を伝えるわけです。
その樹状細胞が伝えるメッセージをコントロールすることで免疫細胞の教育を行うわけです。その免疫細胞の教育は、時間がかかる根気のある作業です。そしてその情報が強すぎれば、強いアナフィラキシーを起こすことがあります。人よってさまざまなので調整が難しいのです。
そのため、安全性と効果を天秤にかけながら、その樹状細胞に情報を伝えるルートはさまざま考えられてきました。
たとえば、現在考えられているのはこんなルートです。
1) 皮膚の下の樹状細胞に伝えるために注射をする → 皮下免疫療法
2) 腸管の樹状細胞に伝えるために食べる → 経口免疫療法
3) 舌の下にいる樹状細胞に伝えるために舌の下に置く → 舌下免疫療法
4) 皮膚にいる樹状細胞に伝えるために特殊なシールを貼る → 経皮免疫療法
いろいろなルートがありますよね。
これらの研究は、それぞれ進んでいますが、一長一短です。
1) 皮下免疫療法
1990年代にピーナッツのアレルギー治療として試みられました[5]。しかし、リスクがとても高いことがわかり、現在は行われなくなっています。
2)経口免疫療法
食物アレルギーの治療として研究が進められています。
2000年代から研究が増え、効果が確認されてきました。しかし、経口免疫療法は、治療中に強いアレルギー反応が起こるリスクや、治療を続けないと効果が維持できない可能性が指摘されるようになっています。
3)舌下免疫療法
皮下免疫療法や経口免疫療法のリスクが十分に払拭できないこともあり,安全性の面から考えられた方法です。ただし一般的に、舌下免疫療法は経口免疫療法よりも効果は低いと考えられています。また、強い全身的な症状がないとはいえません。
4)経皮免疫療法
フランス企業であるDBV Technologies社が開発を進めている製品があります[6]。
メタアナリシスの結果では,ピーナッツや牛乳アレルギーの改善の可能性が高まることがわかっています[7]。しかし、食べられる量を増やすことはわかってきていますが、「食べられる」まで増量できる場合は少なく限界も指摘されています。
日本における経皮免疫療法の進展とクラウドファンディング
研究で用いられる経皮免疫療法のシール。 https://readyfor.jp/projects/miehospital2023
海外で行われている経皮免疫療法は、海外で問題となりやすいピーナッツアレルギーや牛乳アレルギーに対する研究が主です。
しかし、日本の食物アレルギーで特におおいのは卵ですよね。
ですので、日本では、卵に対する経皮免疫療法の研究の必要性が増しています。
しかし、その研究はまだまだこれからの状況です。
そして研究を行ってきていた国立病院機構三重病院を中心とした研究グループから、研究継続のためのクラウドファンディングが2023年9月6日よりはじまりました[8]。
https://readyfor.jp/projects/miehospital2023
本来は、医学研究は国などからの公的な研究費で行われるべきでしょう。
しかし、日本における助成金は毎年度1%ずつ削減するとの方針が採られており、きびしさが増しています[9]。そのため、継続が困難になってきていてクラウドファンディングが始まったのです。
日本の食物アレルギー治療の発展のためには、日本独自の研究が必要な場合も多いでしょう。卵に対する経皮免疫療法は、その一つといえるのです。
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※私はこの研究に参加しておりませんので、直接の利益相反はありません。
[1]Hochwallner H, Schulmeister U, Swoboda I, Spitzauer S, Valenta R. Cow's milk allergy: from allergens to new forms of diagnosis, therapy and prevention. Methods 2014; 66:22-33.
[2]Kay AB. Overview of 'allergy and allergic diseases: with a view to the future'. Br Med Bull 2000; 56:843-64.
[3] Jönsson F, Daëron M. Mast cells and company. Front Immunol 2012; 3:16.
[4]Dworetzky M, Cohen SG, Frankland AW. The allergy archives. Journal of Allergy and Clinical Immunology 2003; 111:1142-50.
[5]Smith CS. Allergen immunotherapy practice parameter update. J Ky Med Assoc 2004; 102:53-6.
[5]Oppenheimer JJ, Nelson HS, Bock SA, Christensen F, Leung DY. Treatment of peanut allergy with rush immunotherapy. J Allergy Clin Immunol 1992; 90:256-62.
[6]Bastin M, Carr WW, Davis CM, Fleischer DM, Lieberman JA, Mustafa SS, et al. Immune response evolution in peanut epicutaneous immunotherapy for peanut-allergic children. Allergy 2023; 78:2467-76.
[7]Xiong L, Lin J, Luo Y, Chen W, Dai J. The Efficacy and Safety of Epicutaneous Immunotherapy for Allergic Diseases: A Systematic Review and Meta-Analysis. Int Arch Allergy Immunol 2020; 181:170-82.
[8] 重症卵アレルギーのお子さんへ、副作用の少ない新たな治療法を届けたい(READY FOR)
[9]学術研究への財政支援の拡充(厚生労働省)
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